ベルリン市街地の航空写真 : [photo] Apple
金田真聡のドイツ・ベルリン建築通信 no.02
ベルリンの中庭

 

世界各地には古くから数多くの中庭型建築が存在し様々な特徴を持っている。私が住むドイツのベルリンに もHof(ホーフ)と呼ばれる特徴的な中庭建築がある。それは単なる建物の中庭というだけで無く、ベルリン のエンターテインメントやカルチャー、そして環境を支える重要な要素にもなっている。

ベルリン文化の拠点

ドイツ・ベルリンに住み始めた私は、休日の散歩中に誘われるままにある中庭に入って行った。そこはベルリンで最も 有名なHof(中庭の意)、Hackesher Höfe(ハッケシャー・ヘーフェ)だった。なぜHof(ホーフ)ではなくHöfe(ヘーフェ)かとい うと8つの中庭"Hof"が集まってドイツ語の複数形"Höfe"(ヘーフェ)になっているからだ。1908年に完成したハッケ シャー・ヘーフェは、8つの中庭を繋いだ職住複合建造物だ。東西ドイツ統一後に約50億円をかけて職人達のアトリエ兼 住居として使用されていた20世紀初頭の姿へと修復されたそうだ。現在でも上階がアパートとして利用されている。建 物の1階と2階には、様式や雰囲気の異なる8つの中庭に面して個性的なショップやカフェ、ギャラリー、映画館や劇場 などが賑やかに軒を連ねている。ここでは建物の奥に中庭があり、さらにその奥にまた建物があり、さらに次の中庭へ とつながって行くという迷路のような空間が、訪れる人の好奇心をかきたて自然と奥へ奥へと誘い込む装置として機能 している。その他にも、古い工場として使われていた建物を90年代に改装し、ベルリン及びドイツの最新現代アート作 品を展示する空間として甦ったKunst Werke(クンスト・ヴェーク)というHofというものもある。このようにベルリンの Hofは静かで穏やかな空間でありながら、多様で密度の高いベルリン文化の拠点として、建物の中庭という定義を超えた 存在となっていることが特徴と言える。

ホーフを囲む細長い事務所空間
自宅から望むホーフ

職場と自宅にもホーフ

同じく私の生活の中心である職場と自宅にもホーフがある。私の勤務する設計事務所が入居する建物は、 Elisabeth Höfe(エリザベス ヘーフェ)という築100年を超える建物である。いくつもの中庭を囲む建物で、その中 に設計事務所や写真スタジオ、デザイン会社等、約30もの会社が入居している。建物名にホーフがついているこ とはその建物における中庭の意味が大きいことをあらわしていると考えられる。私の勤務する事務所はホーフの 一つを囲んで奥行きの浅いコの字型をしている。さらに3フロアまたがっているため端から端まではかなりの距離 を歩かなければいけないが、それは他のスタッフの席を巡り挨拶を交わす順路となっている。そして結節点にあ るオープンキッチンはスタッフ同士が交流するカフェのような存在として機能している。

一方、自宅はアルトバウ(古い家の意)と呼ばれる建物だが、複数の建物が少しずつ空地を提供しあってできた一 つの中庭を囲む形となっている。住戸単位でみると表通りからこの中庭につながるように短冊上に住戸が配置さ れている。このホーフは住民が語らう憩いの場、と言いたいところだが現実にはそのような風景はほとんど無く、 自転車置き場やゴミ集積所、子どもの砂場や遊び場として使われている。しかし何より驚くのは、そこに建物と 同じ高さ5階にも届く木々が茂っている事である。そのおかげで街路に面していない部屋でも緑と空が望め、鳥 の鳴き声が響く良質の住環境となっている。自宅と事務所が自転車で5分の距離にあるので、平日のランチタイム は自宅に戻り昼食をとった後、この中庭の窓を思いっきり開け読書や昼寝をするのが私のささやかだが贅沢な楽 しみの一つである。また日陰になり易い中庭側は、日当たりの良い街路側との温度差によって夏でも心地良い自 然換気が行われ、冬は厳しい風雪から守ってくれる環境装置となっている。この体験を通してホーフが元々は高 密度な住環境における通風や採光による要求によって生まれてきたものだという事を改めて実感した。

様式や雰囲気の異なる8つの中庭をもつハッケシャーヘーフェ
ハッケシャーヘーフェ平面図
[図面]Die Neuen Architekturfu¨hrer Nr.15

ベルリンの中庭

ここで、もう少し視野を広げて見るとベルリンという都市にも大きな中庭が存在している事に気がづく。それは ベルリン中心部・ミッテ地区に位置し総面積は210ヘクタールにも及ぶTiergarten(ティーアガルテン)という広大 な公園である。かつては王家の狩猟場だった場所が1800年代に現在の形に整備され、その後国会議事堂やポツダ ム広場、ブランデンブルク門と隣接する現在の形になった。ベルリンの中庭は都市の中枢とも言えるこの場所に、 他の大都市のように過密した状況とは無縁の独特の開放感と伸びやかさを与えている。

このように生活に密着するミクロのレベルでは、建物内側に中庭があり、その建物の外側を街路樹が取り囲む形 となっている。さらに各街地区の境目にはプラッツと呼ばれる交差点のような場所に公園や緑地帯が広がってい る。そしてマクロのレベルでは都市の中庭とも呼べる広大な公園が中心にあり、最後にベルリンという都市自体 も森や湖に囲まれている。このように緑の円環が何重にも重ね合わされてできた都市がドイツの首都・ベルリン なのである。

環境先進国として世界的に有名なドイツだが、日々の生活においては最新の省エネ技術やその普及率が日本より 高いとは感じられない。しかし、ベルリンに見られる中庭から始まる「緑の円環」のように、古くから街に存在 するストラクチャーが環境都市と言われるドイツの都市の価値を根本的な部分で支えているように感じている。 この経験を通し、今後は日本でも各敷地単位ではなく近隣の敷地まで含む街区単位で、連続的に緑地や空地を計 画していくという視点の重要性に改めて気づかされた。もちろんそれは、土地の所有権やプライバシーの面で難 しい課題が多い日本では、一見非現実的で手間のかかることのように思える。しかし長期的にみると、そのより 大きな視点での計画性こそが消費者から選ばれる環境を創り、さらには社会から必要とされる環境としての価値 を創ることにつながってゆくのではないかと私は考えている。

ティーアガルテン(Tiergarten)の航空写真 : [photo] Apple