自宅の窓から見える風景 |
金田真聡のドイツ・ベルリン建築通信 no.05 |
ベルリンの家 |
2013年4月、ベルリンで新しい家に引越しをした。異なる文化の中での家探しに苦労し出会った その古い家は、小さい頃に一緒に暮らしていた祖母のように大切なことを色々と教えてくれた。 |
建設ラッシュ ベルリンは東西統一後20年を経過 した今も、建設ラッシュが続いて いる。街を歩けば至る所で建設現 場を目にし、日本の高度経済成長 期などを知らない私にとって、そ の熱気は味わったことがないもの だ。市内の主要な施設の開発が一 段落した今、メインとなっている のは住宅建設である。理由はベル リン独特の歴史に由来する部分が 大きいのだが、東西の壁があった 地域を中心に今も都心部に多くの空白地帯が残っているからである。 さらに人口の増加による住宅不足 から家賃の上昇が続いており、デ ベロッパーは新規住宅建設を盛ん に行っている。州政府により年間 の最大建築数が規制されていると はいえ、ベルリンは今まさに住宅 建設ラッシュの真っ最中なのだ。 かく言う私も、勤務する設計事務 所で担当しているのはそういった 大規模集合住宅の設計で、ベルリ ンの建設ラッシュの恩恵を受けて 仕事ができているのである。 ベルリンでの家探し そドイツに来てから約1年間、WG (ヴェーゲー、Wohngemeinschaft の略)と言われるシェアアパートに 住んでいた。ドイツでは単身であ れば多くの人はWGに住んでおり、 むしろ一人暮らしの方が一般的で はないくらいだ。一人暮らし用の 住居数が少ないことに加え、家だ けでなく家具や家電もシェアした 方が効率的だというドイツ人らし い考え方から、一般的な居住スタ イルとして定着している。以前住 んでいた家もとても良いWGだっ たが、今年の1月から新しいアパー トを探し始めた。5月に結婚を控 え、そのための新居を自分自身で 借りようと考えたからだ。日本で も何度も家探しを経験した私は、 ドイツでも不動産屋に行けばすぐ に入居可能な物件が見つかるだろ うと想像していた。しかしそれは 大きな間違いだった。ドイツでは、 入居希望者が空き室を選ぶのでは なく、転居予定が決まると不動産 業者と大家さんによる次期入居者 の選考が行われるのだ。最初は色々 な物件を見られると楽しんでいた 私だったが、空室の少なさと競争 率の高さで、2ヶ月かけて数多くの 物件に応募してもなかなか選んで もらえない。しだいに仕事の合間を縫って内覧に行く負担や、真冬 の-10度を下回る寒さ、アポイン トの電話やメール、応募書類のド イツ語の嵐に疲弊し、ただただ苦 痛となっていった。結局、述べ30 件近く応募したがまったく決まる 気配のなかった私が最終的に見つ けられた新居は、知人の日本人ご 夫婦が転居することとなり、その 方々が住んでいたアルトバウを引 き継いで紹介してくれるという大 変幸運なものだった。 |
住宅開発が進む都心部のエリア
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アルトバウとノイバウ ドイツで住まいを探す時に必ず出 てくるアルトバウ(Altbau)とノイバ ウ(Neubau)という言葉がある。ア ルト(alt)は英語のold、ノイ(neu)は
英語のnewである。そしてバウハ ウスで良く知られるバウ(Bau)は、 英語のbuildingを意味するのでアル トバウとは「古い建物」、ノイバ
ウとは「新しい建物」を意味する。 使われ方を見てみるとアルトバウ とはだいたい築100年~70年前後 の建物を指し、その後建てられた
建物をノイバウと呼んでいるよう だ。日本では既に古いと言われる その時代の建物を、ノイバウと呼 ぶのは少し不思議な感じだ。家探
しをしている間、会社の同僚達か らは内覧の度に「今日の物件は気 に入った?アルトバウだったの、 ノイバウだったの?」と聞かれた。
私が「ノイバウだったよ。」とい うと「うーん。そうか。まあベル リンではアルトバウは戦争でたく さん壊れたから数も少なく、人気
が高いから見つけるのは難しい。 仕方ないね。」と言われ、「今日 のはアルトバウだったよ。」とい うと、「それは良いね。決まる事
を願ってるよ。」と言ってくれた。 どうやら今現在ノイバウを設計し ているドイツ人アーキテクト達に とっても、アルトバウの方が魅力
的ということのようだ。しかし当 たり前にそう口にする彼らに、私 は大変驚いた。アルトバウの方が ノイバウより良いと言う事は、今 建物の価値 アルトバウに住み始めてまず一目 で気づくのは、見上げるほどの天 井の高さである。一般的にアルト バウはノイバウより天井が高く通 常でも3m程度、高いものでは3.5m 以上もある。一方、内覧時によく 見た1970年代~1990年代のノイ バウの天井の高さは、日本の一般 的なマンションと同じ2.5m程度で、 心なしか内覧者数も少なかった。 私が現在ドイツで設計に携わって いる集合住宅の天井の高さが2.9m と一般的なノイバウより高いこと を考えると、天井の高さはここ10 年で見直されている価値のようだ。 さらに窓際に天井から梁型が出な いようにフラットスラブを用い、 フルハイトの3m近いサッシで計画 しているのだから、ドイツでは天 井の高さと開放感がいかに重要視 されているのかがわかる。3m近い 天井高さになると、同じ居室面積 でもこれまで経験してきた以上の 空間的広がりと開放感を日々感じ られる。築100年後の今も、アル トバウの人気が高い理由の一つは、 その開放感より生まれる100年経っ ても変わらない普遍的な居心地の 良さなのだろう。では私たち現代 の設計者やデベロッパーは、建物 の規制ボリューム内にできるだけ 多くの住居を詰め込もうとぎりぎ りまで階高を詰める設計で、長期 的にはどのような価値を建物に与えられているのだろうか。短期的 には戸数分の収益が上がったとし ても、可変性や空間的魅力を犠牲 にすることで長期的には価値を維 持し続けるのが難しくなるのでは ないか。今後、人口の減少が予測 される日本では、建物に対する価 値観も大きく変わってくると予想 される。住宅やオフィスビルも余 剰が出てくるであろう将来に向け て、高い価値を維持できる建物と 空間の魅力を、今こそ真剣に考え なくてはならないのではないか。 |
自宅建物の玄関ドア |
味わいを増す素材 室内で次に気づくのは、肌に触れ るものは自然の素材が多いという ことである。床は、幅と厚みのあ る無垢のフローリング材が使われ ており、素足で歩くと本当に気持 ちがいい。肌に直接触れるものだ からこそ伝わる自然素材の質感が、 人間が根本的に感じる心地良さな のだと改めて実感した。そして歴 代の住人によって磨かれてきたそ のフローリングの肌は、驚くほど 艶がある。ドイツでは新しく住居 を借りた人は、大型の機械を用い 自分で床材を削り直すことがある という。容易には取り替えられな い部分であるが、部材がしっかり しているので何度も蘇らせること ができるのだ。そう考えると現代 の建物は、部材を簡単に取り替え られることに重点が置かれている ように感じる。室内ドアは全て、 4cmもある平板から作られ、高さ は2.2mもある。その木製ドアは大 きく重いが、だからこそ少々のも のをぶつけてもビクともしないほ ど頑丈だ。表面には傷や凹みは多 数あるが、何度も綺麗に塗装され ている。そしてその建て付けの良 さから、閉め心地や金物の動きは とても滑らかだ。建物玄関のドア に至っては木製で厚み8cm、高さ は2.9mもある。先日家に帰ると、 ちょうどドアのガラスを留める木 製部品の修理をしていた。建具の 職人さんが作業をいたのでしばら く見ていたが、玄関先で木材を削り見事に同じ形の部材を作ってい た。そしてその後同色に塗装され、 一目ではその部分が修復したのだ とはわからなくなっていた。部屋 の壁はよく言えばニュアンスたっ ぷりだ。壁のしっくいは最近の建 物では考えられない程塗りムラが ありひどくでこぼこで壁紙も貼っ ていない。しかしそれがまた、窓 からの光や照明の光を乱反射させ、 このアルトバウに、独特の柔らか い雰囲気を生み出している秘密だ と私は考えている。ドイツでは、 室内の壁に穴を開けても大家さん も管理会社もほとんど気にしない ので、歴代の住人の手で穴空けや 修理、塗装が何度も行われている。 そして窓は、アルトバウでも断熱 性の高いペアガラスの木製サッシ に取り替えられている。 街と共に生きる いったいこの100年の間にどれだ けの修理や改装を経て今に至るの だろう。現在の大家さんは自身も 建築家だそうで、大変こまめに建 物全体の手入れをしている。しか し100年という年月の間には何十 回と知れず住人が入れ替わり、何 人かの大家さんがいただろう。戦 時中やベルリンの東西分裂中はボ ロボロだった時期もあったかもし れない。そう思うとこの建物も、 色々な時代を生き、ベルリンの街 と共に生きてきたのだ。きっと日 本に置き換えると、都心部にも古 民家や昔ながらの長屋のような建 物が数多く残り、皆それを大切に 思っているというようなことなの だろう。もちろんアルトバウが全 て良いわけではない。快適な床暖 房や最新の外付けブラインドなど はもちろんないし、エレベータす らないところがほとんどだ。私も 引越しの時は、4階まで家具や荷 物を運ぶのに本当に苦労した。そ して粗石造とはいえ防火避難上問 題のある物件もあるので、現行法 規が適用されないとはいえ、危険 性の高いものは対策を講じていか なければならない。 |
古い建物が多く残る自宅前の通り |
次の時代に向けて 家探しを通じてたくさんの物件を 見る機会を得た私は、建物の築年 数に関わらず良く手入れされた建 物は非常に魅力的だと感じた。そ して、人も建物も良い歳の取り方 があるのだと確信するようになっ た。アルトバウに住むということ は、さながらアンティークの家具 や昔ながらの道具を手入れしなが ら使うということに似ているのだ ろう。取り替え可能な部材はとて も便利だが、味わいや身体に馴染 むまで年齢を重ねることが難しい。 ようやくドイツの人たちがアルト バウに魅力を感じる理由がわかっ てきた。私たちはいつもより良い ものを目指して設計をしているけ れど、私たちには唯一「古さ」は 作れないのである。だからこそ、 今設計している建物が、いつかア ルトバウと呼ばれる頃に良い歳を 取っていられるように、このアル トバウから教えてもらった魅力を 設計や素材選びに活かし、大切に 育てていってあげたいと思う。 |
自宅リビンク |
(写真は全て本人撮影) |