no.175

2024年1月1日
2025年1月  

宇枝 敏夫(1980年 大江宏ゼミ卒業)


 2024年1月1日16時10分、私の住む石川県の奥能登を震源とする最大震度7の非常に大きな地震がありました。幸い、私は正月ということで郷里の南加賀に帰省していたため、相当揺れましたが無事でした。時間が経つにつれ、身近に接してきた奥能登が、あちこちで壊滅的な被害を受けていることを知ることになりました。輪島では観光地として賑わっていた朝市通りを中心に火事が発生し、辺り一面が焼き尽くされてしまいました。珠洲の見附島(軍艦島)として有名な鵜飼地区は、町全体がほぼ全壊してしまいました。私が被災地に赴いたのは数日後、応急危険度調査でかほく市や内灘町を訪れたのが最初でした。この地域も液状化、地盤隆起が激しく、道路も蛇行しており、目を疑うような悲惨な状況でした。その後、地元で活動する建築士が招集され、被災度区分判定、罹災証明調査、住宅相談など各方面からの依頼に応じ、現在も精力的に被災地と向き向き合っています。
 その間、9月21日には同じ奥能登を襲った線状降水帯による大洪水が被災地を襲い、想像を超える壊滅的な大災害となりました。復興、復旧は遅々として進まず、解体されない家屋が今も数多く取り残されています。住民の心は折れ、呆然と立ち尽く状況に陥ってしまいました。最近になってようやく公費解体も徐々に進んでいると聞き、輪島の朝市周辺を再び訪れました。目の前に現れたのは、広大な更地化した姿でした。この光景と対峙した瞬間、とてつもない虚しさが込み上げてきました。その地の歴史、積み重ねてきた生活の営み、すべてが跡形もなく消滅していました。また、日本の代表的な里山も、多くの民家が全壊し、数多くの文化財もあっけなく消滅してしまいました。
 すでに人口流出が甚だしい限界集落が多い能登半島では、震災によってさらに若者はこの地を去り、高齢者のみが取り残される現象が加速しています。
 日本でも有数の美しかった里山の風景や文化・歴史をどのように復興したらいいか、人々の賑わいをもう一度呼び戻すためにはどうしたらいいか、非常に困難なテーマを突き付けられています。その間も震災処理が進めば進むほど能登里山の景観は消滅し続けています。これからの復興において、どんなグランドデザインを描き、また魅力的な里山景観が蘇らせるか、どれだけ長い時間を要しても、一歩ずつ再興に向かい、私たち建築に携わる者がどんな役割を果たせるか、深く思い悩む日々を送っています。
 このような2024年を過ごす中で、図らずもこの度の秋の叙勲で黄綬褒章を賜ることができました。これまで支えてくださいました多くの方々に、心より感謝申し上げます。大学で建築学と出会い、多くの先達たちに日々叱咤激励をいただきながら、何とか今日まで歩んでまいりました。今後にこの栄誉に恥じぬよう、能登の復興に微力ながらお役に立てるよう、改めてこの身に檄を入れて奮い立たせています。



 

震災直後の輪島市

震災直後の輪島朝市周辺

1mを超える地盤が隆起したかほく市
 
9月に被災地を襲った大洪水
 
公費解体で更地となった輪島朝市周辺
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
[プロフィール]    
うえだ としお
宇枝 敏夫 1980年卒業 大江宏ゼミ

   
石川県加賀市山中温泉生まれ
1980年 大江宏ゼミ卒業
1987年 宇枝設計室設立 現在に至る
受賞歴
2004年 日本建築士会連合会奨励賞
2005年 日本建築学会北陸建築文化賞
    第13回甍賞毎日新聞社賞
2006年 日本建築学会作品選集  
2018年 国土交通大臣賞
2021年 日本建築士会連合会長賞
2024年 黄綬褒章      ほか