ハンブルクに向かう車窓からの風景 : スケッチ
金田真聡のドイツ・ベルリン建築通信 no.01
ドイツへ

 

2012年4月、私はドイツ・ベルリンに移り住んだ。学生の頃から長年抱いていた海外で建築設計をする夢を 実現するためだ。ただの憧れとも言える夢を手探りで掴もうとする過程で、改めて気付いた建築に対する思 いは、無我夢中で修士設計に取り組んでいたあの頃からつながっていたものだった。

始まり

きっかけは、母校のOBであり現在は芦原太郎建築事務所副所長の小林仁さんの言葉だった。学生の頃から海外で建築士 として働くことに憧れていた私は、30歳の誕生日を目前にしたある日、長年の想いを実行に移すことを決意した。そし て、学生時代の建築旅行以外に海外留学経験も在住経験も無いにも関わらず、一年以内に海外の設計事務所に就職する という無謀な目標を立ててしまった。しかし、何をどうすれば良いかもよくわからずすぐに行き詰まった私は、まずは 先輩に話を聞こうとニューヨークの設計事務所で働いた経験を持つ小林さんを訪れた。

小林さんは神楽坂にある行きつけのお店に私を連れていってくださり、当時を振り返りながら色々なお話を聞かせてく ださった。ニューヨークで働いていたという洗練された響きから、小林さんはとてもスマートにその目標を達成したの だと私は勝手に思い込んでいた。しかし設計と語学の勉強をしながら、運送会社で住み込みで働いてニューヨークへ行 く資金を貯めたというお話を聞き、その決意と実行力に大きな差を感じた。その他にもニューヨークで実際に働いてい た時のお話もいくつか聞かせてくださった。柔らかい口調や物腰とは裏腹に文化や環境の違う場所で建築を設計するこ との難しさと、それを乗り越えていった小林さんの強さをひしひしと感じた。そしてお酒も程よく回り始めた頃、小林 さんはこう言った。「僕はデザイナーだから、あらゆる事をデザインだと思ってるよ。建築の設計だけではなく、人と 人との関係や、建築家としてのキャリアや人生も一つのデザインじゃないかな。」

やはり海外を経験された方が言うことは一味違う。

海外への夢をもつようになった学生時代のヨーロッパ旅行の記録 : ポートフォリオ

ドイツへ

私の海外への想いを一通り聞いたあと小林さんはこう続けた。「でもさ、海外に行きたい気持ちはよくわかったけど、 何を目的に行くのかをもっとをしっかり決めないと。たとえその目的が行った後で変わっても全然いいんだから。そう だなぁ、例えばドイツで環境建築を勉強するとかさ!」。この時初めて私の頭のなかにドイツという国が候補地として急 浮上し、翌日から夢中でドイツに関する本や記事を読み漁った。元来、ヨーロッパが好きでかつ猪突猛進タイプの私は、 調べれば調べるほどドイツの魅力に取り憑かれていった。とりわけドイツを語る際にしばしば出てくる「環境」という キーワー ドの「意味」が、自分が建築を考える際に一番に頭に浮かぶ要素と一致したことが何よりも大きかった。環境 問題や環境危機が日々叫ばれる中、環境配慮は日本でも建築の設計の基本的な要素の一つとなっている。日本で建築に 携わるにあたり、もはや必須用語でそして目新しさすら失った感すらある「環境」いう概念を、改めて口に出すことす ら当時の私にははばかられていた。しかし私が考える環境配慮とは、最新の省エネ技術やエコプロダクトを使うことだ けではなく、もっとシンプルに「古いものを長く使うこと」だった。

ドイツには、住居の種類としてアルトバウ(古い建物の意)と呼ばれる古いアパートが数多くある。そして100年以上にわ たり歴代の住人により少しずつ手を加えられてきたアルトバウのほうが、新築のマンションよりも人気があり家賃も高 いのだ。そのアルトバウの存在に私は魅了され、実際に住んで生活する中でぜひその空間を体験してみたいと思った。 そしてこれまで日本で建築士として働きながら、当たり前のように見られる光景に違和感を感じていた理由が、そこで はっきりと分かった。環境にも十分配慮して設計されたはずの建築物も、とくに日本ではたった数十年で解体されうる ということだ。どんなに優れた環境技術やエコプロダクトも、すぐに使わなくなってしまえばただ廃棄物の量を増やし ていることになる。それはとても矛盾した事ではないのだろうか。木造、石造の違い、さらには地震の問題はあるが、 都心の現代的なオフィスビルがたった20年で解体されるというニュースを聞いた時に、ドイツと日本における「環境」 という言葉のもつ「意味」や「取り組み方」に大きな違いがあるのではないか、と強く興味をもった。

現在住むベルリンのアルトバウ

学生時代からの思い

そしてもう一つ、私の気持ちををドイツへと向かわせたことの一つに、ドイツの地方都市は小さくともとても活気があ り美しい個性を持っているということだった。振り返れば、学生時代の集大成として修士設計で取り組んだ尾道市庁舎 の設計は、長い歴史や豊かな自然環境を持ちながらも個性を失っていく地方都市の駅前や商店街をテーマに行ったもの だった。短期的な視点で経済効率を上げる画一的な開発手法と建築群によって、似たような街並みやシャッター街が増 えてしまい、長期的な視点においては街の魅力だけではなくその開発目的であった経済効率までも落とすことに問題を 感じていた。

では一体どうやってドイツの地方都市はその魅力や活気を保っているのだろう。環境配慮も長期使用も地方都市の活性 化も、本やインターネットを通してだけではなく実際にドイツで暮らし自分の目で見て理解したい。また、ドイツの設 計事務所で働きながらその考え方や制度を学び、建築の設計として実践したい。そして将来、共に環境技術先進国とし て世界に知られる日本とドイツが、互いの優れた技術や考え方を共有し前進できるように、建築という分野での架け橋 となりたい。

その時「何を目的に海外に行くのか。」という小林さんの問いに対する答えが見つかり、私のドイツへの道が始まっ た。

尾道の原風景である「しまなみ」をテーマにした尾道市庁舎のコンセプトスケッチ : 修士設計