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「そうだ、コルビュジェを見に行こう!」4年前のことだ。 パリ6日間、旅行代金¥58,000。往復航空券と朝食付ホテル代がセットになったパック旅行の新聞広告を見て、妻と相談、即座に決めた。燃油サーチャージ・空港施設利用料を加えても9万円程だ。6日間と言っても機中泊2日でパリ滞在は3泊4日。当然添乗員は同行せず、成田を出発時にフランクフルト乗り継ぎとホテルの場所の説明を受けただけだった。 パリ到着は昼前で、ホテルは市街地の外れだったので、とりあえず旅行会社のパリ支店に飛び込み、荷物を一時預かってもらって、オペラ座からコンコルド広場、セーヌ川沿いを散策してルーヴル美術館へ。初めてのパリの空気に心と身体をなじませた。タクシーで一旦ホテルへチエックインし、荷物を置いたら妻は着物に着替え、今度は地下鉄でオペラ座へとんぼ返り。カフェで夕食を取ってから、オペラ・ガルニエへ。通常は予約らしいが、丁度日本の狂言を上演していて7ユーロで天井桟敷の当日券が手に入った。天井桟敷は5階。舞台ははるか下だが「これぞオペラ座」の気分は満点だ。 2日目はサヴォア邸とシャルトルの大聖堂見学。メトロ路線図とパリ・ビジットという3日間有効乗り放題のメトロパスを買う。メトロと共通の高速郊外鉄道で終点のポワシーへ。駅前のタクシーでVilla Savoye Le Corbusierと書いたメモを見せると、運転手はウィと頷き、7〜8分走らせてサヴォア邸の模型のような門番小屋の前に止めてくれた。樹木の間を抜けると「おう、サヴォア邸だ!」開いた空間の芝生の向うに、あのファサードが目に飛び込んできた。 細い列柱の上に載った長方形の箱。ピロティと横長連窓の白い箱。写真で見たとおりの美しいプロポーションで輝いている。建物から少し離れてぐるっと回ると円形の縦格子ガラススクリーンの中にオフィスが見えた。中へ入り荷物を預け、日本語のガイド冊子を買い、あの有名なリノリューム張りの斜路を2階へ。三角形の窓から差し込む光を感じながら暖炉のある広いサロンへ。2面は連続した横長窓と、左は天井までの全面ガラスで空中テラスへつながっている。気持ちは先へ先へ惹かれて、テラスから屋外斜路で屋上のソラリウムへ。 曲面の壁で囲まれ、四角い窓穴から外を見る時間も惜しく、今度は垂直の螺旋階段を下に降りる。テラスと反対側にあるキッチンや4つの寝室、囲いのないタイル張りの浴室。こじんまりとした部屋毎に設計しつくされた様々な家具がしつらえてある。 近代建築の5原則の大きな仕掛けも、壁や窓や家具や手摺のエレメントの一つ一つも、シンプルに空間を機能づけている。やはり実物に触れることはこんなにも心を高ぶらせるものなのか。80年も前の建物が、一時解体の危機があったものの、元文化相アンドレ・マルロウ等の尽力によって保存修復され、コルビュジエ財団によって美しい姿で人々に開放されている。帰りは心も軽く、20分の道のりを新興住宅地の風景を眺めながら歩いて駅へ戻った。 午後は列車で1時間のシャルトルへ。昔、篠山紀信と磯崎新の建築行脚で「凍れる音楽」と表現されたステンドグラスのノートルダム大聖堂。郊外旧市街地の街歩きも楽しみ、戻ってパリ唯一の超高層モンパルナスタワーでボトルワインを空け、57階の展望台から、放射状に街路樹の緑でブロック化され高さの統一された美しいパリの夕暮れを堪能した。 3日目は妻の希望で美術館巡り。オランジュリー美術館でモネの「睡蓮」に出会い、駅舎を転用したオルセー美術館から、ルーヴル美術館では「モナリザ」と「ミロのヴィーナス」。疲れたと言う妻と別れて、私は地下鉄で市の南端にある国際大学都市へ。フェンスで囲われた敷地内へ素知らぬ顔で入り込み、降り出した雨の中を歩き回ってスイス学生会館とブラジル学生会館を見つけた。来た甲斐があった。学生時代の懐かしいコンクリートのコルビュジェ。 欲張りな私は更に地下鉄を乗り回し凱旋門へ。284段の階段を昇って屋上からシャンゼリゼ大通りの夕景を見下ろした。右側にはエッフェル塔。パリは美しい。最後の夜はホテルの前のレストランで、国際都市らしくアラブ人等に混じり、またボトルワインを2本も空けた。 二人で120才超えの初老夫婦でも、格安パリ旅行をガイドなしで楽しめた。若い人には是非薦めたい。詳細マップが載った参考図書は吉野弘氏の「ル・コルビュジエを歩こう」エクスナレッジ文庫本。パリではメトロパスとミュージアムパスの購入がお薦め。
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