no.032

「『見る』ことと『測る』こと」
     2008年修了 富永ゼミ 永野尚吾
   
 

 出張先のホテルである。
部屋に戻ると、まずお茶を一杯飲む。窓が開けられれば開けて換気をする。良い部屋であれば、スケッチ帳と巻尺、三角スケールを取り出す。それから一時間くらいかけて、じっくりと実測する。
始めは何となく寸法を書きつけるだけだったが、最近はスケールを当てて書くようにしている。

  3年ほど前から、文庫本サイズのノートをスケッチ帳として使っている。大体一年に一冊のペースで書いている。出不精なので、年間一冊、何でも良いから建物を見に行ってスケッチを描こうと目標を立てたのが苦難の始まりである。
というのも、始めてみるとこれがなかなか大変で、一向に進まない。見に行った建物だけでは紙面が埋まらず、そのうち、夢で見た廃屋の絵やビートルズの似顔絵、水辺の鴨まで登場し始めた。そのあたりはまだ絵を描いているから良いようなものの、しまいには展覧会のチケットを貼ったり観光地のスタンプを押したり、焼鳥屋の飲み代まで書きつける始末で、結局ただの雑記帳になってしまった。

 それでも少しは、真面目に描いているページもあった(探すのに苦労した)。
京都の四君子苑と増田友也設計の鳴門市文化会館のスケッチ、博多都ホテルと寝台列車の実測図などである。

  スケッチを描くと、デジタルカメラで写真を撮るよりも対象を見つめる時間が長い。巻尺を当てて測ると、興味を持った寸法が何となく頭に入ってくる。時間はかかるが、描いたり測ったりすることで記憶に定着するので、私のように物覚えの悪い人間にとって、物を「見る」上でとても良いことだと思っている。

  「見る」と言えば大学生のころ、設計製図を教えて頂いた竹内裕二先生に、当時建築学科のあった東小金井駅前の小さな焼鳥屋に連れて行ってもらったことがあった(その店は間口が狭く、両側の壁が平行でないためパースが効いていて、プランがヴェネツィアのサンマルコ広場に似ているというので、みんなで面白がって「サンマルコ」と呼んでいた店である)。そこで「この店の内観を見て覚えて、帰ってからパースを描いて持ってきなさい」と無茶な課題を頂いた。必死に見て覚えて、何とか描いて翌週持っていったら、なかなか上手いと褒めて下さった。それで俄然やる気が出たのがスケッチを描き始めたきっかけかもしれない。とても大切なことを教えて頂いた。

  「場所のたたずまいに感銘を受けた時、それを記述する」、「建築はいつでも、どこにいても研究できる」とは私の師匠である富永讓先生が、当時の大学のシラバスに書いていた言葉だったと思う。ほんのわずかでも実践しようとしているのだが、寅さんではないけれど「奮闘努力の甲斐もなく、今日も涙の日が落ち」た後は、結局ひとり焼鳥屋で煮込を突ついているのである。

鳴門市文化会館
四君子苑
博多都ホテル実測
サンライズ゛瀬戸B寝台スケッチ
 
[プロフィール]    
永野尚吾
   2008年修了 富永ゼミ
   

2008年修士課程卒業 富永讓研究室
2008年〜 富永讓・フォルムシステム設計研究所