|
||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||
正直なところ、学生時代はロックバンド活動などしていたり、全く不勉強な学生でした(笑)。こうした場でエッセイを書くなんて…大変恐縮しています。
当時は、バブル前夜的時期でポストモダンなどがもてはやされ、建築レビュー誌でも奇抜な発想や難しい言語を多用した表現方法などの風潮があったと思います。私は、路地の小さな町工場育ちで周辺も同様な環境でした。建築を学ぶ中、果たしてこうした難しい解釈による建築が、地域のおじさんおばさんたちに通用するのだろうか、もっとわかりやすい言葉や表現によって、暮らし環境をよりよくしていけないものだろうかと考えるようになりました。
卒業論文は、路地空間の構成や空間秩序をテーマに、卒業設計も、まちづくりを再開発的な手法ではなく時間を掛けてコーポラティブ式にといったコンセプトでした。今思えば、内容は未熟なものですが、時間を掛けて興味関心のある分野を引き出して取り組むように見守っていただけた大江新ゼミは、自らの内面を知るきっかけを与えてくれたのだと感謝しています。
卒業後は複数の設計事務所を経験し、10年後の1998年に設計事務所を立ち上げ、17年目になります。主に民間個人住宅の設計監理をなりわいとしています。そんな中、資金面や接道条件に課題を抱えた方々のお住まいや、化学物質過敏症の方のお住まいに関わったり、欠陥問題他トラブルを抱えた方への技術的支援を弁護士さんと行なったり、保存運動に関わって市民提案づくりをしたり、野宿生活者の自立支援のための居住計画をNPOと行なったり、障害者作業所等を空き家活用で関わったり、被災仮設住宅のコンペに挑戦したりといったことをして現在進行形です。 多様な社会的課題に対し、建築だけでは解決しにくいことであっても、他分野の専門家等と連携しながら改善していける、建築士の役割も至るところにあると知っていただけたら幸いです。 |
|
|||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||
[ essay
top ] |