|
||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||
7割がた仙人だと言う老人、相変わらずこの中央公園に住んでいる。1年前にねじりん棒のようなダンボール製のトンネルを使った仙人修行の方法を千円で教えてもらったが、以来都庁で打合せがある時は時々公園に寄り、息抜きがてら彼と話をするようになっていた。 ある日缶ジュースをおみやげに訪ねてみると、またもや奇怪な段ボールの箱をつくっていた。どこで拾ってきたのかネオンのようなものが入っていて鈍い光を波打つように放っていた。いったい電気はどこから引いているのか、エコギャラリーの外部コンセントから失敬しているのかもしれない。パソコンのようなものも見えていた。 「これなんですか、また仙人の話ですか?」 「そうじゃ、この前の台風が来たときに、例のねじりん棒のなかをな、くるっと廻りながら通り抜け修業をしていたのじゃ、コリオリの力を借りてな、そうしたらばいつの間にかわしは都庁のてっぺんのアンテナがいっぱいある所にいたんじゃ。空気のように軽くなってな、台風の渦がわしを気化させたのかどうか知らんが、アンテナわきの通気口を通って風のように電気のシャフトの中を移動していた。気づいてみたらわしはあの知事の部屋にいた。そこのパソコンのなかにいたのじゃ、さすが日本の首都のボスの部屋だ。ありとあらゆる情報につながっておった。回線をたどれば防衛庁へも首相のところへも自在じゃ、NASAを通って太陽系外に行ったボイジャーへも行けた。気づいてみたら、そう、わしはサイバー空間の中にいたのだ。これほどに自由な場所もない。昔の仙人の修業場所と言えば水墨画のような山や川のある純粋に自然なところと決まっていたのだが、昨今は大変でな、人工物がないところなんてもはやない。そう考えればこのサイバー空間こそが究極の仙人の住まいと言えるだろう。だが、台風が去り、コリオリ力を失ったわしはまたこの中央公園の真ん中に帰って来ていたのじゃ。その時に経験した風景がどうしても忘れられずこの箱をつくったのじゃ、細長い箱の中でわしの気が伸びまたあのサイバー空間へ行ける気がしてな、どうじゃ、おまえも中に入ってみるか?」 わたしは、ちょっと気が引けたが、試してみた。そろりそろりと中に入ってみた。電気配線がぐるぐる巻きになっていて磁石の中にいるようだった。ときどき電球が光る以外変わったことは起こらなかった。なんだこれ、と思いながら箱から出たところで、「はい、千円」と手を出している老人が立っていた。 |
|
|||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||
[ essay
top ] |