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2006年G.W、例年通り島根県安来市にある実家に帰省しているとき、偶然の出来事がきっかけで築100年(当時)の自宅の床下に潜り込んだ。いわゆる古民家(伝統的木造軸組構法の住宅)の床下をまじかに見るのは初めての経験だったが、率直に「これで100年経っているのか?」と思ったほど状態が良かった。 同年8月、お盆に帰省の際に天井裏にも初めて上がってみたが、床下と同様に小屋組の部材が非常にきれいで100年経過しているとは思えなかった。 母が亡くなって以来、空き家の状態で6年余り経過している実家であるが、その時強く心に思ったのは、「この家は壊してはならない」ということであった。 その2年前、4年ぶりに大林組東京本社から大阪本店に帰店した時、JSCA関西木造分科会で限界耐力計算による耐震設計・耐震補強設計法の普及に取組んでいることを知って入会し、定例会での情報収集や独学での計算法の習得などを積み重ねていた。2007年定年退職後、縁あって引き続き勤務した(一財)大阪建築防災センターを2013年に定年退職するのを契機に郷里へのUターンを決意し、自宅の耐震改修を実施した(写真1)。竣工した秋には引越しを終え、一新した自宅で「古民家耐震改修工房K」を立ち上げた。 山陰の冬の味覚に松葉ガニがあるが、松江駅前の大橋川沿いの倉庫を利用した簡易レストラン「かに小屋」が季節限定でオープンする。昨年2月に妻と訪れた際に、東京から初めて島根を訪れたという中年の女性二人連れと知り合った。会話の流れから、大阪からUターンして築100年余の自宅を耐震改修し古民家耐震改修を目的とした事務所を立ち上げ活動していることを伝えるとすごく興味をもたれた。翌日は安来の足立美術館を訪れるとのことであったので別れ際に拙宅への立ち寄りを誘っておいたところ、訪ねてきてくれた。 安来には作法にとらわれず日常的にお茶(抹茶)を楽しむ文化がある。また、陶芸作家の河井寛次郎の故郷でもある。二人の内ひとりは陶芸への造詣も深く、寛次郎作の茶碗でもてなしたところたいそう喜んでいただいた。「古民家の佇まいの中で庭を眺めながらお茶を喫し、ゆったりとした時を過ごすことは非常に贅沢なことで羨ましい」と話され、都会に住む人の視点を通して古民家の良さを再認識できた。 古民家には、仕様規定を満たして堅固にすることで地震に抵抗する在来構法と異なり、地震に対して粘り強く変形しながら抵抗する構造的特性がある。この古民家に相応しい耐震性能評価法としてJSCA関西で普及を進めている限界耐力計算による耐震補強設計法がある。 現在、(一財)島根県建築住宅センターと共同で古民家耐震改修支援事業を展開している。 隠岐の島町の築110年余の古民家(写真2)では、地域のコミュニティーの場および短期滞在型の施設としての再生を進めている。また、山陰の小京都として知られる津和野町では、耐震補強設計を担当した江戸時代後期の木造建築物養老館(写真3)の復元改修工事が今年から始まる。森鴎外や西周を輩出した津和野藩の藩校で県の登録有形文化財に指定されている。さらに、県西部の中山間地にある邑南町では、築230年余になる広大な茅葺の住居(写真4)の耐震診断・補強設計を進めている。津和野藩の庄屋を務めた豪農の住宅で、現在は町が管理し地域住民の伝統的な行事の開催場所として、またコミュニティーの場として活用されている。いずれも、開放的な空間で構成される伝統的木造軸組構法の特徴を損なわないように、その特性に相応しい限界耐力計算による設計法で、耐震診断・耐震補強設計を行っている。 隠岐の島町の古民家再生では、ワークショップにおける地元住民の意見を意匠計画に反映し計画案を作成する立場で国立米子高専建築科の学生達が参画した。彼らが耐震改修した拙宅に強い関心を示したので、後日、自宅に招き改修の全容を紹介した。自宅の改修において最も腐心したのが玄関土間(写真5)であるが、ここに足を踏み入れた時に皆一様に感嘆の反応を示していた。若い学生さん達にとって、太い木材で構成された現しの小屋組や古民家の佇まいを保つ客間の欄間、箱箪笥、格子戸などが非常に新鮮に映ったようであり、そのことを感想として話してくれた。 都市部では古いものは壊し新しくする文化が根付いていると思われるが、地方では古くても良いものは残していく(建物のみならずそれを支える技術も)という文化が徐々に醸成されつつあるように感じている。これからも、古民家の伝統的な日本建築の良さを守りながら次世代に引き継いでいこうとする住み手の人たち、地域住民の方々の思いを受けとめながら、耐震化を進める活動を、健康の続く限り継続していきたいと思っている。
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