no.085

ドイツ留学で学んだこと
   

松尾智恵(2001年卒業 川口衞ゼミ) 


 

 私は川口ゼミを卒業後、2001年から2年間、シュツットガルト大学へ計算力学の分野で修士を取得するために留学しました。きっかけは、大学4年生の就職活動に全敗して「この先どうしようか?」と考えていたときに、ある講演会で海外の修士課程を紹介するパンフレットをもらったことです。ヨーロッパは行ったことがなかったので、ぜひ行ってみたいという気持ちもあり「挑戦してみよう!」ということになりました。

  シュツットガルト大学の修士課程は主に留学生向けに設けられたコースだったので、講義は全て英語でした。私は帰国子女なので英語に対する抵抗感はなかったのですが、講義に出てくる専門用語ははじめて聞く単語が多く、最初は講義を理解するのが大変でした。日常生活のドイツ語は、講義が始まる1ヶ月前から現地入りし、毎日ドイツ語の語学の授業を受けて特訓したので、日常会話を聞いて理解できる程度までには上達して、なんとかなりました。

 

「いかに短い時間の中で、多くを学ばせるか」
 まずはじめに、ドイツ人の合理主義を感じたのは、講義における黒板の使い方でした。私の教室では写真のように黒板が計4枚あり、各黒板は可動で天井から床までスライドできる仕組みとなっております。教授は内容を説明しながら、4枚すべての黒板に文字、図や公式を順に書いていき、学生はそれを聞きながら内容をノートに書き写すのです。ここまで聞くと、日本と同じではないかと思われますが、日本の場合、教授が黒板の全面を書き終えると教授自身が黒板を消すので、その消している時間は学生にとってゆとりがあります。一方、ドイツでは各講義に助手がおり、その助手が黒板を消します。したがって、黒板4枚のすべてが埋まる前に、教授が次の黒板に書けるよう、助手が前もって黒板を消しはじめるのです。つまり、教授はノンストップで黒板に書き続け、学生もノンストップで教授と同じ速度を保ちながらノートに書き続けなければならないのです。講義内容がすぐに理解できる程度であれば問題ないのですが、修士課程ですので内容も難解で、学生は黒板の内容を書き写すだけで精一杯。講義が終わると、学生はマラソンを走り終えたかのように息をつくのでした。

 講義の次の時限には演習が設けられ、課題が出されて講義で学んだ内容を実践し習得していきます。ここでは助手が講義の細かなフォローをしてくれ、内容の理解を助けてくれます。ただ、課題の量が多いので演習時間内に終わることはほとんどなく、そのまま宿題となります。すべての授業に宿題があり、提出期日は「次の講義まで」と短い。これらをこなすのが一番苦労しました。学校や家で夜遅くまでいくつもの難しい宿題と向き合い、時間が惜しくて夕飯が食べられないこともありました。でも、その勉強の大変さは、友達をつくるきっかけにもなりました。分からないところを友達に聞いたり聞かれたり、それでも分からないときはいっしょに助手に相談に行ったりしました。勉強の上でのチームワークです。乗り越えたものが大きいので、その友情は今でも続いております。

 

「求め方の流れが誤っていなければ、ほぼ正解」
 ドイツの教育における採点方法にも驚きました。ある試験のとき、自分の試験の点数が思ったより高く帰ってきたので、なぜかなと内容を見てみると、答えが間違っているのに点数をもらえていたのです。どうやら、問題を解く途中経過の流れが合っていたので点数をもらえたようです。日本の教育では、答えが間違っていたら不正解というように、試験では解答欄しかなく、求め方には目もくれないのが一般的です(少なくとも私の学生時代はそうでした)。一方、ドイツでは答えよりも、学生がどのように考えて求めたかということに重きをおいていました。これは勉強を楽しく感じられるようになるひとつの要素だと思います。まずは単純な問題の求め方を習得し、それをさらにどう応用すればより難しい問題を解くことができるようになるのか、そういった思考方法が身についたように感じます。

 

「勉強の合間に旅ざんまい」
 大学内にはフライ・オットー設計のIL研究所があり、散歩がてらよく見に行っていました。また、シュツットガルトの街中には、フリッツ・レオンハルト設計によるタワー、ヨルグ・シュライヒ設計によるユニークな歩道橋の数々など、著名な構造エンジニアによる作品にあふれておりました。ドイツ国内はもちろんのこと、スイスやスペインなど、国外でもすぐに行ける場所にあるので、週末や休日には旅に出て、アントニオ・ガウディ、フライ・オットー、ハインツ・イスラー、サンティアゴ・カラトラバ、ヨルグ・シュライヒ、川口衞先生の作品を見に行きました。お金はありませんでしたが贅沢な日々です。それらの旅の思い出のひとつに、川口衞先生と息子さんの健一先生が国際会議のついでにドイツへ建築視察にいらしたことがありました。先生がどのような建築を見に行くのか、またその建築のどういうところを見るのか、興味がつきません。そのときは、ベルリンにある当時流行のガラスを使った最先端の建築の数々や、ライプツィヒ、イエナにあるRCシェルの歴史的建造物を視察しました。先生は建築を見る際、設計者がどのように考えてその形や構造システムを採用するにいたったか、ディテールがきれいに納まっているかなどに着目されており、設計者の予見できなかった問題点などについても言及しておりました。食事のときには、そのときちょうどガウディ生誕150年のタイミングだったのですが、川口先生親子は「生誕150年を期に海外各国でアントニオ・ガウディの展覧会が開催されているのに、なぜ日本は開催しないのか」などの議論をしており、学生ながらに聞いていて面白かったです。

 ドイツに留学して、ドイツの良さを存分に味わえましたが、何よりも「日本」という国を客観的に見ることができました。日本の文化、技術、教育、国民性、その良さを逆に実感することができました。当時は、苦労することの方が多かったですが、振り返ると無意識のうちにその経験が私の血となり肉となり、今の私を形づくる大事な一部となっております。またいつか、行きたいな。そう思う、今日この頃です。

 

 
シュツットガルト大学修士課程 授業風景
   
 
  シュツットガルト大学構内のIL研究所(フライ・オットー設計)
   
  シュツットガルト街中のユニークな歩道橋(ヨルグ・シュライヒ設計)
   
  ライプツィヒのマーケット 外観(H.リッター&F.ディッシンガー設計)
   
 
  ライプツィヒのマーケット RCシェルの内観
 
[プロフィール]    
まつお   ちえ    
松尾 智恵 2001年卒業 川口衞ゼミ

   
1978年 広島生まれ(幼少期にアメリカ合衆国のシアトルで6年過ごし、帰国後は東京育ち)
2001年 法政大学 工学部建築学科卒業
2003年 ドイツ、シュツットガルト大学 修士課程(COMMAS)修了
2003年- 川口衞構造設計事務所
2010年-2014年 日本大学生産工学部創生デザイン学科 非常勤講師