no.093

文化財を「伝える」しごと
2018年3月  

岸上 剛士(2004 年修了 陣内ゼミ) 


 2016年4月14日夜、寝室で子供を寝かしつけながら自分もウトウトとしかけていた頃、「ちょっとテレビ見て!」と慌てて妻が私に声をかけてきた。何だろうと観ると、映し出されていたのは石垣が崩落した熊本城の姿。熊本地方でマグニチュード6.5の地震が発生したらしい。Twitterでは、重要文化材の長塀や複数の石垣が崩れたようだとの投稿が確認できた。熊本城はこの2日後の本震で更に大きな被害を受けることになるのだが、私はショックでドクドクと胸が強く脈打つのを感じた。

 熊本城との縁は二〇〇九年から。勤める会社が運営に関わる城下の観光施設向けに、私は古図面を読み解きながらCGを使い、江戸時代の熊本城の姿を蘇らせるシアター映像作品を作った。制作の為に何度も現地に足を運び、丹念に石垣や櫓の様子を記録した。その後も、iPadを使った今昔城歩きツアーを企画するなど、継続的に熊本城と関わってきた。こうした縁があるだけに、熊本城の甚大な被害に胸を痛め、何か自分にできないだろうかと考える日々が続いた。

 昨年6月、東京でチャリティイベントを企画した。日本で一番格好いい城は熊本城。日本各地の城を結構巡り歩いている私だが、これは自信を持って断言できる。築城の名手・加藤清正が築いた事でも名高い熊本城の本来の姿を、文化財ファンに向けて披露する映像上映会を東京国立博物館で開催した。幸いこのイベントはNHKや民放のニュースで紹介いただき、多くの応援メッセージと共に集まった義援金を熊本市の大西市長にお届けする事ができた。

 国の特別史跡に指定されている熊本城の復旧に際しては、文化財的価値を損なわないよう丁寧な復旧が求められる。崩落した石材は可能な限り元の状態に積み直し、倒壊した重要文化財の木材は綺麗に洗浄して再利用することが原則となる。しかし、全体の約3割に及ぶ石垣、重要文化財を含む30棟以上が被害を受けた熊本城の復旧には約20年間を要すると言われている。崩落した石材が元々どこにあったのかを特定する作業は、なかなか難しいパズルのようなプロセスだ。現在私は、自治体や大学の研究者と共に、そのパズルを効率良く解いていくプロセス作りに挑んでいる。

 エッセイの題とした『文化財を「伝える」しごと』。文化財の魅力を多くの人たちに「伝える」と共に、先人たちから受け継いできた価値ある文化財を後世に「伝える」という意味を持っている。私のしごとを一言で示す言葉であり、目標とする言葉でもある。折角の機会なので、もう一つトピックスを書き加えると、フランク・ロイド・ライトが日本で設計した名建築でありながら、完全な姿は失われてしまった帝国ホテルをデジタル再現するプロジェクトも鋭意進行中である。2017年はライト生誕150周年。彼の傑作を多くの人たちが堪能し、その魅力が伝えられるよう励みたい。

 

 
石垣から熊本大神宮の上に崩れ落ちた東十八間櫓(重文)
   
 
  2万個以上に及ぶ崩落した石材
   
東京国立博物館でのチャリティイベントの様子
   
  明治村に移築再建された帝国ホテルの一部をドローン撮影
   
   
   
 
[プロフィール]    
きしがみ つよし    
岸上 剛士 2004年修了 陣内ゼミ

 
1979年生まれ、多摩ニュータウン出身。
2004年、陣内研究室修了。
凸版印刷株式会社 文化事業プロデューサー/ディレクター
大学院ではスペイン・アンダルシア地方の田舎町の魅力を読み解く研究に取組む。
2013年、調査メンバーと共に研究成果を「アンダルシアの都市と田園」(鹿島出版会)に発表。