no.102

服屋
2018年12月  

田村 匠(2009年卒業 安藤ゼミ) 


 

  自分は服屋です。服に魅力を感じ服を作っています。法政大学を選んだ理由はTHE BLUE HEARTSの甲本ヒロトさんが在籍していたからです。建築学科を選んだ理由は作る事に関わる為です。法政大学で得たものは人との出会いです。以下、服について自分にとっての重要性です。

 建築の学校を卒業して、服屋になるのは良くあることかと思います。建築と服、共通な部分はよく書籍等で解説されている通り色々有りますのでここでは特に触れません。自分の場合には決定的な相違として、服(ブランド)に関しては全てを自分の手で作る事が可能であるのと、スピードの速さと、クライアントがいない事です。これが魅力的な部分の1つであり、自分にとって最重要でした。人をあまり信用していないせっかちということです。スピードは作る速さと時代の流れの速さです。

 建築家という方のアカデミックな面はとても魅力的です。デザイン、構造、合理生、生産性はとても素晴らしいと服を作り始めて余計に感じています。

 服は初期衝動、肯定イコール非肯定、秩序イコール無秩序、無目的的コントラスト、を受け入れることで、誰でも簡単に作れるので、やる意味を考えたところで意味が無い場合があります。(自分にとって)服は出来たものイコール作品ではありません。そして受け入れられる事がうれしい反面、これではだめだともなります。思想は他のプロダクトよりもダイレクトに出ると思います。

 思想がむき出しになることで、服を通じて、また、デザイナー自身を通じて様々な出会いが有ります。服のデザイナーやパタンナー、生産管理だけでなく、全く違った分野と(ミュージシャン、グラフィックデザイナー、プロダクトデザイナーなどが多くの場合)出会い協力し、服、またはブランドのコレクションを作り上げていく作業が有ります。自分の場合は建築の思考にとても共感できる部分があり、建築のデザイナー(上野ヒロタケ氏)を自ブランドのメンバーとして協力をし服を作る作業を日々楽しんでいます。

 服を通じての出会いは世界を一気に広げてくれ、様々な仲間や敵対関係を築いていく事が出来ます。先ずやる、それにより何か決定的な出会いが必ず有ると信じます。

 最後に、この文章にもあまり意味が有りません。服屋的瞬間性と時代に消費される側の頭で書いているため、もう違った事を考えています。
共感をされた方がいたとしても、いなかったとしても、自分は何も思いません。思ったらやる、と同時に頭で考える。それを無意識に持続し、作り続ける事に特別感を無くして、日々淡々と服を作り続けるだけです。地味です。服屋のファッション的な軽い側面のみを見ている方々がいましたら、是非売り場に行き服を手に取り、思想や裏側や縫い目を見て下さい。

 服は面白い物体です。

 

 

 
  野沢のショップLANDRの内装
   
  ショップの看板
 
 
ショップ内部の壁(譲り受けたレンガを煉瓦匠・高山登志彦氏に積んで頂いた)
   
   
 
[プロフィール]    
たむら  たくみ    
田村 匠 2009年卒業 安藤ゼミ

   
1983生まれ。服屋。
2009年卒業 (安藤直見ゼミ)。
同年桑沢デザイン研究所夜間部卒業。
2009年〜2017年JUNYA WATANABE COMME des GARÇONSパタンナー。
2016年〜現在LENSE(デザイナー、パタンナー)、LANDR(ショップ経営)。
趣味なし、特技なし。

LANDR [Instagram]