no.128

いま、思っていること。
2021年2月  

野原 啓司(1993年修了 陣内ゼミ) 


今までを振り返ると「博物館」という公共建築の設計に携わる機会が多い。1つのプロジェクト期間がプロポーザルから開館まで5~6年であることを考えると、ほぼ途切れることなく設計や監理・展示工事調整など、何かしら博物館整備に関わっていることになる。

それぞれの博物館には背景や役割もあり一概には言えないが、近年博物館の位置づけが多様化してきていると感じる。最初に担当した「いのちのたび博物館」は学芸員による調査研究や各種講座開催といった学びの場と集客を目的としたアミューズメント性の高い展示という特徴を持つ。2つ目の「九州歴史資料館」は、埋蔵文化財センター機能が強く、博物館機能は研究成果の展示や講演が主となる。つまり、2つの博物館ともに学芸員が主体となって運用し、興味のある人々が集まる場所となっている。それが、2013年に計画を始めた「大野城心のふるさと館」になると、市民交流のきっかけとして博物館を活用するという位置づけになる。さらに、現在建設中である「松本市立博物館」も重要文化財を保有し研究が活発な博物館であるが、今回の整備に際して市民交流の比重が大きくなっている。すなわち、調査研究・収蔵・展示・教育普及という学芸員主体の博物館要素のほかに、市民が自ら運営に参画する機会が増えている。これは、地方行政が新しくつくる建築を核として「まちづくり」を行おうとしていることの表れであり、図書館やホールなどにもこの傾向がみられると思っている。

まちの活性化につながる建築の設計ということは、どういうプロセスを踏んでいくことが良いのか試行錯誤している。今までも設計を行っていく中で、人々が訪れやすく、活動をしやすい多様性に富んだ場をつくることに心がけているが、実際にその場を使うことによって活動や情報が媒介となり、まちに「にぎわい」が広がっているという実感はうすい。

このように考えると、不特定多数のひとが訪れる場をつくることは、どのように運営していくか企画し、さらにはオープン以降も運営をサポートしていくことが理想的な形ではないかと思う。つまりはこの仕組みづくりが重要であり、与条件づくりからユーザーと一緒なって行っていくことが必要である。今までもワークショップなどでエンドユーザーとつくりあげていくことはあったが、オープン以降も運営に関わった経験はない。現状では設計業務として、このようなことまで契約していくことはハードルが高い。しかし、建築の設計が建物をつくることだけではなく、トータルで環境をつくることであると改めて強く感じているいま、様々な状況の中で、これからどのようなスタンスで設計に取り組んでいくかを考えている。


 

 

いのちのたび博物館(福岡県北九州市)
自然史・歴史・考古が一体となった総合博物館。
恐竜の骨格標本などが展示された「アースモール」を中心に、数々の個性的な展示室をショッピングセンターの専門店のように配置した集客力の高い博物館。
 
九州歴史資料館(福岡県小郡市)
埋蔵文化財センター機能と博物館機能をもつ。
中庭の周りに調査研究諸室を配して、今まで一般来館者が見ることができなかった「日常の研究風景」を眺めることができる。学芸員の研究活動自体を展示として扱った博物館。
中庭から見た洗浄室+復元室。発掘した土器を洗浄して乾燥させた後、床に並べてパズルのように土器のピースを組合せていく。このほかにも実測作図や金属器の修復など様々な調査研究室を見ることができる。
 
大野城心のふるさと館(福岡県大野城市)
市民のふるさと意識の醸成をメインテーマとした、重要文化財の展示も可能な市民利用中心の博物館。サポーター制度により、一般市民が博物館運営に参画できる仕組みが大きな特徴のひとつである。
サポーターとなった市民が、展示物である昭和の民家を活用して、地域の子どもたちに紙芝居を語り聞かせている風景。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
[プロフィール]    
のはら  けいじ    
野原 啓司 1993年修了 陣内研究室

   
1968年 長野県松本市生まれ。
1993年 修士課程修了(陣内研究室)
1993年〜 久米設計
博多の魅力に惹かれて、現在2回目の福岡勤務中。博物館のほかオフィス・学校・病院・研究施設・スポーツ施設・商業施設など、様々な用途を設計。