no.139

編集者が本を書いてしまった
2022年1月  

小川 格(1966年卒業 森田ゼミ) 


 43歳になったとき、10年間勤めた相模書房をやめようと思った。もうこの歳で雇ってくれるところもないので、フリーで編集をしようと思った。とりあえず、気取って「南風舎」と名前をつけたが、これで喰って行く自信はなかった。その時、たまたまある会社から社内報を手伝ってという話があったので、それを手がかりに、少しずつ仕事をスタートした。

 いろんな人に助けられて30年で社員も3人になり軌道に乗ってきた。
70歳になったとき、会社を若い人に譲った。

 寝る時間以外は仕事というくらい多忙だったのが、突然仕事を失って戸惑った。考えてみると、建築に関係した編集の仕事を続けながら、建築とちゃんと向き合ってこなかった。少し関わっていた大学の同窓会と大学の共催行事でウォークラリーというイベントがあった。このとき、若い学生と一緒に建築を見て歩くのだが、それが楽しかった。その経験を思い出した。

 そうだ、建築、とくに近代建築をもう一度丁寧に見直してみよう。卒業以来、仕事にかまけて、建築に関係する仕事をしてきたのに、建築とちゃんと向き合ってこなかった。時間ができた今こそ、建築と向き合ってみよう。

 近代建築を見に行く、写真を撮る、感想をブログにアップする。こんなことを考えてみた。

 題名を「近代建築の楽しみ」とした。ぼくの先生だった森田茂介先生が作った本『建築の楽しみ』という本を思い出し、その題名をいただいたものだ。やって行くうちに夢中になっていた。

 これを10年続けると100ほどの近代建築の写真とコメントがたまり、毎日500人ほどの読者が見に来るようになっていた。

 有料のブログなので、料金を払わないと一瞬にして全部削除されてしまう。81歳になった時、もし、本にしたら、と思うようになった。10年の蓄積があったので、書き始めたら半年で書き終わった。もっとも原稿にしてみると、どうしても入れるべき建築を思いつき、三分の一は新規に取材することになった。こうして、一応、北海道から沖縄まで全国にわたる、近代建築50件がまとまった。

 ブログを始めた時から、建築家というより、一般読者に届くことを目標にしていたので、いままで編集者としてつき合ってきた建築専門の出版社ではなく、一般書の出版社を目指した。

 しかし、あてはない。出すなら、新書がいい。安くて、多くの読者に読んでもらえるから。ということで、新書の出版社をリストアップしてみた。なんと20社はあった。

 よし、20社に原稿を送ろう。岩波、文春、中公と有名出版社から始めて週に一社、送り始めた。10社くらい無視されても20社までにはどこか引っかかるところがあるだろう、というもくろみだった。驚いたことに4社目で、新潮社からオファーがあった。一瞬目を疑った。しかし、神楽坂の新潮社を訪ねると、新書の編集長が現れ、このまま本にしたいという。当然、いろいろ注文を付けられると思っていたのに、このままでいいという。ただし、新潮新書の文字数に合わせてくれ、と言われた。

 ぼくの文章は、4頁で1話完結方式なので、原稿は、平均的な新書本の文字数で書いてあった。

 しかし、新潮新書は文字が大きく余白も大きい。当然文字数が少ない。やってみると1話で6行はみ出す。こんな調整に四苦八苦したが、なんとか仕上げて届けると、なんと3ヶ月後には出版の予定だという。

 それからは、読み直し、校正をしながら、写真の取り直しのため、北海道や大分県まで行ったり、大忙しの毎日だった。

 気がついてみたら、編集者が本を書くというおかしな状態になっていた。81歳にもなって、この1年、目の回るような忙しさだった。もうなるようになれ、という気持ちである。

 書名は、ぼくは、『近代建築の楽しみ』として持って行ったのだが、編集長に一蹴され、『日本の近代建築ベスト50』とされてしまった。ぼくはベストを選んだわけではなく、好きな建築を選んだだけなのに、と言っても通る世界ではなかった。しかも「日本の近代建築」は藤森照信の名著の題名ではないか。なんとも恐れ多いことだ。

 なので、ツッコミどころはいろいろある。「日本の」といいながら、コルビュジエのカップマルタンがなんで入ってるの、とか言われるに違いない。ここは、コルさんの生きざま、死にざまをぜひ書いておきたかったからです。こんな具合でかなりいい加減なベスト50です。
よろしくお願いします。


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[プロフィール]    
おがわ いたる    
小川 格 1966年卒業 森田ゼミ

   
1940 年 東京都出身
1966 年 法政大学建築学科卒業
同年 新建築社
1974 年 相模書房
1982 年 編集事務所「南風舎」設立
2010 年より同社顧問