no.144

建築家の職能について
2022年6月  

中山 佳子(2009年卒業 渡辺真理ゼミ) 


 社会にでて建築の仕事をするようになってから、約10年が過ぎた。
本業と私的活動を通し、学生時代にぼんやりと考えていたことを、実践できる機会が増えたように思う。それは、“建築や都市プロジェクトにおける与条件自体から定義し、建築・都市・グラフィックといったスケール横断的なデザインを通じ事業課題や社会課題を解決する”ということだ。

 法政大学で学部時代の4年間を過ごした後、より社会や都市に接続した視座を求め、卒業後は横浜国立大学大学院Y-GSAに進んだ。私が社会人1年目として組織設計事務所に入社したのは、2011年のことだった。
2011年以降、建築業界を取り巻く変化は目まぐるしい。2008年に日本の人口はピークとなり、2011年から右肩下がりの人口減少・縮小時代に突入。東日本大震災によるエネルギーや防災への価値観転換、年々減少する建設職人、蓄積したストックの老朽化と空き家問題、東京五輪招致により加速したデザイン・ビルド、物価や建設コストの急増、そして歴史的なパンデミック。

 一般的に建築設計業務の原則においては、場所、用途、規模といった与条件をクライアントが提示し、国で定めた設計業務の定義と報酬基準から、平面図、断面図といった最低限の成果品が定められている。与条件をカタチにするのが建築設計者の主な役割であるが、先に述べた大きな転換期を迎える今、「そもそも与えられた条件をもとに建築を設計することだけが、建築家の果たす役割なのだろうか?」という問いは年々強くなっている。この数年、プロジェクトそれぞれが抱える困難かつ複雑な課題に対し、設計図面だけではない独自のアウトプットと業務仕様の提案を以て、課題解決に取り組んできたように思う。

 ときにそれは、最盛期の1/4まで観光客数が減少した老舗観光地において、老朽化した公共施設群の整備優先順位をつける目的に対し、耐用年数判定や災害危険度を中心としたハード評価に、観光客の利用実態や満足度といったソフト評価を加えた多角的な指標で評価し、あるべき観光再生ビジョンをマーケティング観点も取り入れ考えることであった。(図1)

 またあるときは、多勢のステークホルダーが関わる都心再開発ビル内のバスターミナルにおいて、「東京駅前に相応しい」施設とすべく、公共交通施設としてあるべき内装デザインの提案に加え、付帯するサイン、サイネージ、什器といった関連工事のデザインガイドラインと検討スキームを提案し、トータルデザインマネジメントを実施することであった。(図2)

 これらはほんの一部に過ぎないが、クライアントが抱える事業課題、地域課題、社会課題といった「モヤモヤ」の段階からみつめ寄り添い、その解決手法として「建築設計」に留まらない幅広いデザイン手法からアウトプットを提示する役割が、低成長・成熟社会を生きる時代の建築家として、一つの姿になればと思っている。


(図1)秋吉台地域 観光再生に向けた将来ビジョン
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(図2)バスターミナル東京八重洲 デザインディレクション
出典:UR都市機構・京王電鉄バス プレスリリース
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[プロフィール]    
なかやま よしこ    
中山 佳子 2009年卒業 渡辺真理ゼミ

   
2009年 法政大学工学部建築学科 渡辺真理研究室卒業(卒業設計賞、卒業論文賞)
2011年 横浜国立大学大学院 建築都市スクールY-GSA卒業 (Y-GSA 山本理顕賞)
2011年〜株式会社日本設計 建築設計群を経て、現在プロジェクトデザイン群 主管
2021年〜明星大学 非常勤講師

官公庁庁舎、商業施設、バスターミナル、大規模複合開発などの建築デザイン、観光地や中心市街地の都市デザイン、書籍の装丁デザインやサイン・ロゴ等のグラフィックデザインを手掛ける。
位置情報ビッグデータや、BIM(建築情報モデリング)をはじめとした、テクノロジー活用も実践しており、大学や自治体、民間企業、学術団体等でのセミナー講師多数。
5年前より、故郷・茨城県を中心に、地方都市におけるプロジェクトへ専門人材として公私で従事。