no.145

卒業設計の前と後
2022年7月  

片山 京祐(2018年修了 陣内秀信ゼミ) 


こんにちは、久米設計で意匠設計をしている片山京祐と申します。
今28歳になりましたが、大学院を出て丸4年が経ち、設計者として5年目に突入しました。建築という世界がどういったものなのか、実務の中で視野がどんどん広がっている真っ最中です。

“東京は坂がおもしろい” こう1年生の時の講義で教えてくれた方は、その日から僕の中で「坂のおっさん」ということになりました。(大変失礼な表現すみません…!)
元々歴史が好きで、ものづくりが好きで、町を歩いてさんぽするのが好きな僕にとって、陣内研は奇跡の出会いでした。まずは先生、ありがとうございました。
陣内秀信という方からいろんなものを吸収させていただきました。その中でわずかながら体現できたのが卒業設計でした。

瀬戸物ってご存じでしょうか。
1300年の焼物の町瀬戸、点在する工房、窯道具の廃材を利用した「窯垣」は坂を彩り、すなわちアーバンファブリックとしてその裾野の広さを風景として残します。私の卒業設計は、「瀬戸物・建築・都市・土木・自然が一体となって循環」している様を取り戻していくことを考え抜いたプロジェクトでした。
そして丘の上に1本残る煙突。駄菓子屋のおばあちゃんが「王子窯」さんを紹介していただいたことで歯車が回り始めました。
窯垣を建築化し、工房を再構築した「窯の環」。
がむしゃらに図面とパースをかいて模型をつくっていた年末年始を思い出します。
ここまで、何を学生時代を懐かしんでるのかと思うかもしれません。しかし、ここで陣内研のフィールドワークの根源を思い出すわけです。

「報告書を持って自宅を測らせてくださった方に届けましょう」…これです。
調査対象にさせてもらったところに自分達の成果を還元することで、その町の方々に喜んでいただく。真の目的はそこにあって、その裏で都市的研究が進む。「空間人類学」たる由縁をそこに感じ取った僕は、瀬戸でも同じことをできないかと考え続けていました。
その結果、少しづつではありますが卒業設計が未だに続いているんです。
当然、卒業設計をまとめたポートフォリオは王子窯さんへお届けにあがりました。それが大学院の時。見ず知らずの若者なのにも関わらず、とっても丁寧に喜んで受け入れてくださった加藤家の方々の温かさに感謝しかありません。
正直、ここまでで陣内研のフィールドワークは達成できたのかな、なんて思っておりましたが、続きがあります。

王子窯さんの当主である加藤さんは夫婦で工房を守られておりました、が、僕が大学院を卒業してから1年ほど経ったある日、お父様が亡くなられたという連絡を息子さんからいただきました。
その息子の創也さんは偶然にも僕と同い年、「消防に出す工房の図面について相談したい」という話がご連絡いただいたそもそものきっかけでした。
再び動き出した関係、4年ぶりに王子窯さんへ訪れ、父の力作でもあるコーヒーカップを買わせていただきました。
流れに乗って自宅に保管してある模型を工房に置いていただけることにもなり、創也さんとはたまに連絡を取るようになりました。
そしてこの春、「自宅のリノベーションをしているんだけど相談に乗ってほしい」と。さっそくご自宅を見にいかせていただくわけです。
その夜は若くして当主になった創也さんの夢や目標を酒を飲みながら話し合う、そんなわくわくする時間を共有することができました。

半分自分の日記のようですが、ここで言いたいこと。卒業設計って作品じゃないんですね、自分の中に生き続けているんです。
これからまだ王子窯さんとの関係は続くのか続かないのかわかりませんが、陣内研フィールドワークの根源たる部分は忘れないようにいつでもひっぱり出せるところに置いておきたいです。
王子窯さんの出来事を踏まえてまとめ的なこと書くと、設計者として、綺麗な建築をつくるために活動しているわけではなく(それは設計者のマナーであって目的ではない)、全てはその建築を使う人・町の人に喜んでもらうことが目的なんだと改めて確認できているのです。



窯の環
 
加藤創也さんと
 
王子窯に展示してもらっている模型
 
窯垣
 
コーヒーカップ
 
 
 
 
 
 
[プロフィール]    
かたやま きょうすけ    
片山 京祐 2018年修了 陣内秀信ゼミ 

   
東京生まれ名古屋市育ち
法政大学陣内秀信研究室にて卒業設計「窯の環-瀬戸のまちで学べること-」に取り組む
2015年度 卒業設計賞(2位)
2016年 歴史的空間再編コンペティション準グランプリ(「窯の環」にて)
2018年 久米設計へ入社
小学校の設計やアリーナのプロポなどに取り組む

2021年 トヨタ自動車の建築計画室へ出向
ガレージ+整備場やオフィス・寮のリノベーションを手がける