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エッセイのお話をいただき、光栄でありがたいことと嬉しく思うと同時に、苦い思いがよみがえった。 卒業論文『食の老舗から読む江戸東京の場所性』について、またまた向き合う時が来たと思ったからである。
私が建築学科に進んだのは、家業が材木店だったため。本当は食の分野か、心理や精神の分野へ進みたかった。とはいえ、建築学科での学びも興味深く楽しかった。 なかでも建築史に興味を持ち、憧れだった陣内秀信教授のゼミに入れていただけた。 スペインかイタリアでキッチンの調査がしたいと漠然と考えていたが、日本にしようと思い、「食べ物しかやりません」と失礼極まりない宣言をしたことに対して、とても心が広く見識の深い陣内先生がすすめてくださったのが、江戸時代から存在している食の老舗の調査だった。 名刺を作り、自らアポをとって一軒一軒お話を伺いに行った。20歳そこそこの小娘に、老舗の方々は丁寧に接してくださった。たくさんお話を聞かせてくださったり、名物を食べさせてくださったり。浮かび上がってくる江戸の豊かさ素晴らしさに憧れた。楽しい。陣内先生も私がお世話になった方々にフォローをしてくださっていた。本当にありがたかった。 その後書き上げる段階に入り、きちんと考察をと言われていたのに、どうまとめていけばいいのか見いだせず、陣内先生や先輩方のお力をお借りするばかり。 みなさまのおかげでなんとか形にはなったものの、私自身の考察や展望として語れるかというとできていなかった。にもかかわらず、論文が最終選考に選ばれた。プレゼンをさせていただけることになったが、私のそんな有様を見抜かれて選考落ち。自分で考えたことでないと、落とし込めていないと話にならないと心底思った。 しかしその後も論文との関りは続き、陣内先生が率いるエコ地域デザイン研究所が江戸東京博物館で行う展覧会にお声がけいただき、論文を1枚のパネルにまとめて展示させていただいた。さらに、エコ地域デザイン研究所の報告書にも論文を掲載していただき、国会図書館に寄贈されている。 貴重な体験をさせていただき、本当にありがたいと思う。本当におかげさまでしかない。 だが一方で、苦しかった。中途半端な出来の論文が独り歩きしているような感覚。 論文を書いた時から約20年たち、今の私は何をしているのかというと、昨年から自宅で麹を作っている。日本の国菌である麹菌と穀類で、3日間かけて作る麹。その麹を使ってレッスンや講座をさせていただいている。 調査をさせていただいた老舗のなかにも、天野屋さんという神田明神にある麹屋さんがあり、室にも入れてくださった。当時は20年後に麹を作っているなんて夢にも思わなかった。
江戸でも麹は食を支えていた。久しぶりに調べてみようと思った。 自分の中にストックしてきた食の知識、江戸の知識、麹の知識、いろいろなものを総動員して話を聞き、より理解をしたいと質問をし、実際に味見をさせていただき、すべての感覚を使って落とし込もうと試みる。 そう、これが楽しかった。私は論文は当時で完結するものと思っていた。でも続いていく。未完でいいんじゃない。きっとこの先も私の中で調べ考えストックしていく。ライフワークなんだろう。道になるのかな。 広尾にあるお店だったので、なぜここに出店したのかと伺ったら、ご年配の方も若い方もいらっしゃるからと聞いています、との回答。 そう、江戸のように自然背景などがあるわけではない。だから、江戸の老舗っておもしろくて貴重なんだよな。改めて、やっと落とし込めた感じがした。 動いてみるからわかること。 時間がたったから見えてくること。
ここからまた想像もしないような何かが生まれていくに違いない。楽しみにしていよう。
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