no.151

建築と地域衰退、そして、事業づくり
-地方に戻り、地域と向き合った先に
2023年1月  

洞口 文人(2012年 渡辺真理ゼミ修了) 


僕が学生時代、何度か聞いた言葉がある。「建築家とは、ヒトのおカネで夢を叶えられる幸せな職業である」という言葉。
クライアントがいて、クライアントが建てたい建物を建築家がデザインする夢のような職業だと学生時代の僕は強く憧れた。

その後、大学院を修了し、僕が地元の宮城県に戻ったのは、震災後の2013年だった。その頃、日本中の地方都市の生産年齢人口は爆減し、地方都市衰退するだけでなく、地方都市そのものが消滅する消滅可能性都市などが話題になった時代だった。

宮城に戻り、妻に建築設計に道は託し、仙台市の職員として7年間の公務員生活を過ごした。
入庁後、自治体の財政的課題にぶち当たることになる。今までの時代につくった有り余る公共施設や公共空間を維持すること自体が困難となり、自治体の財政を逼迫させるお荷物になっていること。ましてや建築家の建てた建物の維持管理コストは膨大で、公務員時代、建築家たちを自由にさせるな!という言葉が、上司の口から日常的に聞こえてきて、自分の通ってきた道を侮辱されような気持ちになり、なんともやるせない気持ちになった。
僕自身、公務員時代からNPO法人を経営しているため、各地の自治体の相談される機会も多い。
実際に多くの相談内容が、公共施設の維持管理にかかる莫大なコスト問題やなし崩し的に進んでしまい建設は決定してしまった公共施設が大きな都市経営課題になっている。

建築を学んで社会に出たが、僕の生きる社会では、建築自体が社会の課題になっているのではないか。と、また憂鬱な気持ちになる。

人口増加時代においては、人口増加自体が大きな社会課題であり、建築をつくることが有効な解決策だった。
一方で、僕たちが建築を学び、夢と熱量を持って飛び込んだ時代では局面が変わり、社会課題自体が切り替わったというだけだ。

 そのため、人口減少の中では、まずは地域の経営的発展を実現し、地域に投資が継続して行われる状態をつくる必要がある。

そう、自分の住む地域での経済活動が盛んになり、生産年齢人口も増え、僕たちも楽しい暮らしをつくることが、結果的に、自分たちの建築をつくる仕事も増えるのだろう。
当たり前の話であるが、僕はそんな地域社会をつくることが、自分の仕事ではないかと思った。

そう思うようになって、少し気が楽になったと思ったら、今度はそんな暮らしを自分の周りにつくることは案外、大変なのである。
「近くにカフェが欲しい。そして、僕たちがデザインできたらな?!」
しかし、そんなことを言っていても、誰もカフェはつくってくれない。
また、改めて気づく。
誰かが言っていた「建築家とは、ヒトのおカネで夢を叶えられる幸せな職業である」という言葉。
ヒトのおカネによって地域経済が潤っている時代の言葉だったのだと痛感させられるのだ。
ヒトのおカネを待っていても、いつまで経っても、実現できないのである。
地域に求められているのは、本当は地域におカネを巡らせる「事業」なのではないか?
むしろ、「事業」があるから「建築」が生まれているという当たり前にまた気づく。

そんなことを背景にして、妻である洞口苗子(法政大学・渡辺研究室出身)と株式会社L・P・Dを設立した。
「事業」と「デザイン」のチカラで地域を豊かにすることが僕たちの存在意義だ。
僕たちの会社では、不動産開発、建築設計、ランドスケープ設計、公民連携事業等のまちづくりの企画を主とし、グループ企業の母の会社が美容室と輸入雑貨を経営している。
そして、自分たちが住みたい暮らしと地域を、自分たちで「事業」をつくり、「デザイン」し、生み出していくことを理念として、スタートした。

最初に、220坪ほどの土地と古民家を購入し、古民家をリノベーションし、母との二世帯住宅と美容室兼輸入雑貨店をつくった。第2ステージでは隣接する荒地だった緑道公園を再生しながら、緑道公園と庭を利用したマルシェなどを何度か開催し、地域に住みたい・働きたいという共感を集めた。そして、今年、第3ステージに入り、隣接する土地を新たに購入し、エリア型コレクティブハウスとして3世帯からなる賃貸集合住宅apartmentBEAVERをスタートさせ、加えて近所の空家を借りて、シェアオフィスもスタートさせた。

6年前までは、コンテンツが少なかった地域に美容室、輸入雑貨屋、僕たちの会社、シェアオフィスというコンテンツが生まれ、そこに3家族が岩沼に移住し住む様になった。子どもがいなかった地域にわずかであるが、5人の子供たちが住むエリアになった。
一歩一歩、継続して自分たちが事業をつくりデザインしていくことは、僕たち以外の投資を生み出し、最終的には「発展する地域」となると信じている。

地方都市において、建築を生業に生きていくことは難しいのかもしれない。
クライアントワークに安住すれば、数年後にはクライアントもいなくなる地域経済と思わなければならない。

僕たちがいつも心に留めている言葉がある。
「経営なき事業は犯罪であり、デザインなき事業は退屈であり、経営なきデザインは寝言である。」
楽しく、豊かで、カッコよく、キュートに暮らす地域を自分たちの「事業」と「デザイン」でつくっていきたい。

 

リノベーションした二世帯住宅+美容室
近所の空家を借りて、オープンさせたシェアオフィスのリビング
隣接する緑道の庭であるTateshitaCommonで開催したマルシェの様子
エリア型コレクティブハウスでコミュニティサウナがある賃貸集合住宅apartmentBEAVER
賃貸集合住宅が利用できるコミュニティサウナと水風呂
 
賃貸集合住宅が共用庭であるTateshitaCommonで共用アウトドアギアを利用できる
 
[プロフィール]    
ほらぐち ふみと    
洞口 文人 2012年修了 渡辺真理ゼミ 

   
株式会社L・P・D 代表取締役
特定非営利活動法人自治経営 副理事長
宮城県岩沼市生まれ。法政大学大学院建設工学専攻修了。
建築設計事務所を経て、2013年仙台市に入庁。入庁後、「せんだいリノベーションまちづくり」や定禅寺通における公民連携プロジェクトを『GREEN LOOP SENDAI』を企画推進した。
また、公民連携事業以外にも公共施設の断熱化による莫大な維持管理費の削減に取り組み、「せんだいエネルギーまちづくり」をスタートさせた。
プライベートでは、古民家を購入し、断熱リノベーションとランドスケープで『複合古民家実験住宅 』として再生、さらには古民家周辺の緑道公園も同時に再生させ、マルシェなどを開催、-TateshitaCommon-としてエリア再生に着手した。
2020年仙台市を退職し、株式会社L・P・Dを建築家・洞口苗子と共同創業した。
独立後は、-TateshitaCommon-エリアにさらに拡大させ、高断熱高気密賃貸住宅apartmentBEAVERをオープンさせた。
現在は、デザインと事業による地域再生や地域開発に取り組んでいる。

洞口文人氏の以前のエッセイはこちら