no.152

地方都市で<風景>をつくる
-投資・暮らしづくりから未来へ
2023年2月  

洞口 苗子(2013年 渡辺真理ゼミ修了) 


神奈川県藤沢市から宮城県岩沼市へ移住して、まもなく10年になる。
人口4.3万人。仙台から電車で南に20分の地方都市である。
通勤ラッシュもなく、電車が止まる理由は人身事故ではなく”蔵王おろし”と呼ばれる強風や、枯葉。
空も広いし、連なる山々や田園風景は、季節によってたくさんの表情を見せてくれる。
夫婦共同名義ではあるが、まさか、私にとっては縁もゆかりもないこの地域に、この6〜7年で1億円超の投資をするとは夢にも思わなかった。

まず、移住して3年後の29歳のとき、築60年の古民家を購入しリノベーション。
自宅(二世帯住宅)兼ショールームに美容室を併設した<複合古民家実験住宅Tateshita Common>として拠点を築いた。
その6年後の昨年2022年、その隣地を買い足し、自社で所有・企画・資金調達・設計・運営を手掛ける賃貸住宅<apartment BEAVER>を運用スタートした。
夫の洞口文人(法政大学・渡辺研究室出身)と設立した株式会社 L・P・Dは、「デザイン×事業で地域を豊かに」をコンセプトに、夫は事業、私はデザインの面を主に担当している。
従来の設計事務所としてのクライアントワークはもちろんのこと、自社のエリアのまわりで欲しい暮らしを実現していく「自社開発事業」は地方都市を拠点に活動していこうと決めた私たちにとって、大きな挑戦である。
「自社開発事業」とは、簡単にいうと、<欲しい暮らしは自分でつくる>=自分たちの暮らしたいまちを、自分たちでコツコツつくっていくということだ。
もちろん、オシャレなカフェを作りたい気持ちもあるし、いつかは、代官山ヒルサイドテラスや、羽根木の森エリアのような住宅群が、ここに出来たらどんなに豊かなんだろうーと思う。
しかし、いくら理想の暮らしを実現したくても、ここは宮城県の地方都市。
そんな地域で身銭を切って、事業と向き合いながら開発・設計をすることは結構、簡単ではない。
ハード面では、中庭やピロティ、凸凹したファサードなど、外皮面積が増えることによって工事費が大きく左右されるし、その工事費のアップ分を、現状価値として理解して対価を支払い住んでくれる人を見つけることも難易度が高い。
ソフト面でも、コーヒー 一杯に500円お金を落とそうとする人は、ほとんどいない。

何をとっても、「安い」から選ばれるまち。
こんな状況では事業としては成立しない=持続可能ではないのが現実である。
そこで私たちが掲げた方針は「一杯100円のコンビニコーヒーではなく、一杯500円のコーヒーロースターのコーヒーが求められるまちに」育てていくということだ。
そんな地域を実現するために、まず最初に、「住む人」をコツコツ変えていくことが必要だと考え、まずは、自分たちの得意分野でもある住まいを整え、クリエイティブで豊かな暮らしをする方々に住んでもらおうと決めた。
そのために自邸である古民家の隣に計画したのが<apartment BEAVER>だった。

<風景>には必ず、「豊かな場」と「人々の営み」がある。
いくら豊かな場があっても、そこに人々の営みが起こらなければ、それは<風景>にはなりえない。
いまのまちと等身大で向き合い、確実に<風景>として実現していくことが、地域に求められる建築家の役割のひとつなのではないかと思っている。
まずは自分たちの住む地域から<風景>をコツコツ積み重ねていきたい。
 

築60年の古民家をリノベーションし自宅兼ショールームに美容室を併設した〈複合古民家実験住宅〉
〈apartment BEAVER〉は自宅兼ショールームに美容室を併設した「複合古民家実験住宅」のある地、TateshitaCommon内に新築された。計3世帯のメゾネット式住戸に、共用の庭とサウナを併設。庭では焚き火やBBQといったアウトドアを愉しむことができる。
〈apartment BEAVER〉1階の玄関土間には、木質バイオマスを燃料とするペレットストーブが。
玄関先から空間全体をじんわりと温める。吹き抜けの壁面には一面、地場素材の大蔵寂土を特別に入れていただいた。
〈apartment BEAVER〉にて、子ども同士のコミュニティも生まれている。
 
 
 
[プロフィール]    
ほらぐち なえこ    
洞口 苗子 2013年修了 渡辺真理ゼミ 

   
株式会社L・P・D 代表取締役CDO
東北工業大学 建築学部建築学科 非常勤講師
宮城学院女子大学 生活科学部生活文化デザイン学科 非常勤講師
1987年神奈川県藤沢市生まれ。法政大学大学院建築学専攻(渡辺真理研究室)修了。
東日本大震災後、大学院時代に宮城県石巻市牡鹿半島へ通ったことをきっかけに、東北の豊かさに触れ、宮城県へ移住。2013年、設計事務所・都市建築設計集団 /UAPP に⼊所。
2016年4⽉より、宮城県岩沼市館下にある築60年の古家を購入し、自邸となる複合古⺠家実験住宅-TateshitaCommon-の設計と⻑⼥の出産をきっかけに独⽴し、デザイン事務所L・P・D設⽴。2018 年、⼀級建築⼠事務所 L・P・D architect office へ改組。
2021年、株式会社L・P・Dを洞⼝⽂⼈と共同創業し、建築設計とデザインを担うべく、代表取締役兼CDOに就任。
主な受賞歴として、2013年「地に経つ建築 ー石巻市荻浜における震災復興提案ー」にて、第9回大江宏賞受賞、2017年日本建築家協会 (JIA) 東北支部主催「東北住宅大賞 2017」にて[ 複合古民家実験住宅 TateshitaCommon] が優秀賞受賞(歴代最年少受賞)、2020年公益財団法人日本デザイン振興会主催「GOOD DESIGN AWARD 2020」にて、定禅寺パークレット-JOZENJI PUBLIC PARKLET-がグッドデザイン賞受賞。

洞口苗子氏の以前のエッセイはこちら