no.161
石渡 雄士(2004年 陣内ゼミ修了)
2022年4月に秋田公立美術大学(以下、秋美)の教員に着任することになり、秋田暮らしを始めています。秋美では建築を基礎とした景観デザイン専攻に所属し、建築史の科目を主に担当しています。 初の東北暮らし、初の教員生活、そしてミステリアスな美術大学の勤務は未知の世界を探険する日々の連続でしたが、少しずつ慣れてきました。 美術大学で最初に目を引いたのは、キャンパスのあちこちで制作に励む学生の姿や展覧会を見かけることです。展覧会は演習課題の展示や学生による自主的な個展、グループ展などがあります。素描や工芸作品(ガラス、彫刻など)は素直に見て楽しめますが、現代美術となると私の認識を超えたものが多く、そもそも何なのかと学生に尋ねながら美術の世界について理解を深めています。研究室で仕事に行き詰まるとキャンパス内を徘徊し、学生の作品を鑑賞したり話をしたりするのが良い気分転換となっています。 秋美は、受験の際に専攻を選ばない総合入試という制度を導入しており、専攻配属は3年生からとなります。そのため、私の講義は建築に限らず現代美術や伝統工芸、漫画などの美術分野に関心をもつ学生が受講します。感性豊かな美大生の前で行う講義は建築の新たな一面に気づかされることも多く、刺激を受けます。建築と美大生との距離感がまだ測れておりませんが、美術の世界に対して建築は何ができるのか、何を問うことができるのかを日々模索しながら講義を行っています。 秋田の生活で気持ちが良いのは通勤時の空間体験です。天気の良い日は自転車を利用します。 自宅から出て最初に通り抜けるのが城下町エリアです。寺町ルートと町人地ルートがあり、その日の気分によって選択します。 寺町ルートは建ち並ぶ寺院を横目に、見通しのきかないクランクの道が連続します。これらの道を曲がるたびに重心を傾けるリズムを感じるのが自転車の利点です。 一方の町人地ルートは、ひたすら真っすぐの道を進みます。妻入りの街並みがつくり出す屋根のアップダウンのリズムが視覚に心地良いです。また、旧秋田銀行本店本館や旧金子家住宅といった文化財に指定された建築物(現在、両建築物の協議会委員に就任)や町屋、看板建築も残されており、建築好きの方にはお勧めのルートです。 城下町エリアを抜けてしばらくすると秋田大橋が見え、その橋を渡ると秋美に到着です。秋田大橋からの眺めは、足元に雄物川、背後に太平山の山並み、さらに快晴時は正面に鳥海山の姿が見えて秋田の雄大な自然を堪能できます。 通勤のクライマックスは秋美のキャンパスです。構内には昭和初期に建設された旧国立新屋倉庫(現在は秋美の実習棟や市立図書館として利用)が8棟も並んでおり、この倉庫群の脇を自転車で通り抜けて研究室へと向かう空間体験はいつも気分が高揚します。博士論文では横浜港を対象に同時期の倉庫を研究したこともあり、近代の物流施設としてみると類似点も多く、この倉庫群に引き寄せられて秋美で今働いているのかなとふと思います。 秋田というと、厳しい冬のイメージをもつ方が多いと思います。沿岸部の秋田市は覚悟していたよりも積雪量が多くはない印象を受けましたが、冬の寒さには驚きました。冬以外の季節はこれまで暮らしていた関東に比べて大変過ごしやすく、日本酒をはじめ食文化も豊かです。こちらでの生活が始まったばかりですが、秋田と美大、2つの世界について探険を続けていきたいと思います。