no.162

ニューヨーク、シカゴ
2023年12月  

 大久保 維織(2017年 北山ゼミ卒業) 


2022年の夏、アメリカのシカゴとニューヨークに行く機会に恵まれた。
高層ビルの起源とモダニズム最盛期の名作建築、そして世界1の経済力を持つ大国が
コロナからどのように復活するのか、この眼で見たいと思った。
いくつかのテーマに絞って旅の総括をしようと思う。

 

<コロナ>
渡米に際してはワクチンの3回接種証明書、帰国に際しては帰国日3日前以内の陰性証明書をそれぞれ用意する必要があり、日本がまだ入国制限をしている状況の中で、
アメリカはマスクや消毒は強要されず、ローカルの人々が好きな場所で働いて、街は観光客で賑わっていた。
ホテルの受付の女性に「初めてニューヨークに来れた、コロナの影響はどうか」と聞くと、「Congratulations, you made it! New York is more New York than ever before.」と返ってきて、コロナに負けず働くニューヨーカーの誇り高かさが印象に残っている。

 

<ニューヨーク>
レム・コールハースが錯乱のニューヨークで指摘した資本主義に支配されたマンハッタンの建築原理(敷地いっぱいのフットプリントを単純上方拡大し、床面積を最大化させる)その最先端は57th street、通称Billionaire’s rowのペンシルビル群が体現している。
東京の高層ビルは敷地幅が50~100mで高さが200m級だとすると、Billionaire’s rowのペンシルビルは敷地幅20mで高さは400m級、要は半分の幅で倍の高さを持つビルが、資本主義がドライブする 2010年代以降のスカイラインを形成していてた。

 

<シカゴ>
1871年の大火で更地になったシカゴは、急速な需要に迫られ新技術の鉄骨フレームの実験場として、高層ビル発祥の地となっていく。
同年代に建てられたニューヨークの建物はほとんど立て替えられ現存していないのに対して、100年以上前の高層ビルが至るところで現在でもそのまま使われているシカゴの街並みは圧巻で建築を残す重要性を再認識する良い機会となった。

 

<フランク・ロイド・ライト>
シカゴが復興していた当時、ライトはサリヴァン事務所で修行をしていたが、シカゴ派の表層的な飾りの意匠を乗り越えて、独立後のライトは自然の素材を使い、金属などをあまり使わないOrganic / Monolithicな建築に向かう。
自邸、ロビー邸、そしてグッゲンハイムに帰結した作品群をみると、経済性に徹した都市建築に異議申し立てをしたかったんだろうと想像してしまう。

 

<ミース・ファンデル・ローエ>
シカゴの郊外にあるファンズワース邸にも足を伸ばすことができた。
「アメリカの技術力や経済力の豊かさによってミースの建築が初めて実現可能になった」そう言い放ったガイドの男性の腕にはファンズワース邸の入れ墨が彫ってあって、名作建築への愛がひしひしと伝わる。
親を騙してでも、借金をしてでも20代のうちに見ておけと、あれは20世紀最高の住宅建築だ、等々いろいろな人から言われ続けたが、ようやくその理由がわかった気がする。

 

2人の建築家の作品と、彼らが活躍して多くの作品を残した2つの都市を訪れることで共通点や対照的な点などを比較することや、建築家が国や都市文化から受ける影響を想像することができた。
長いコロナ期間の抑圧の中で、貴重な記憶貯金ができた旅だった。
 

ニューヨーク/Jacqueline Kennedy Onassis Reservoirから見たペンシルビルが作るスカイライン
シカゴ/リラインスビル/D.バーナム/1894年竣工
 
ライト/ロビー邸
 
ミース/ファンズワース邸
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
[プロフィール]    
     
大久保 維織 2017年卒業 北山ゼミ

   
1994年  東京都国立市生まれ 岐阜県神岡町、グアム、マニラで幼少期を過ごす
2017年  北山研究室 学科卒業
2019年- hayakawa kowalczyk