約20年前、渡辺真理教授の一言で僕は進路を決めた。研究室のプロジェクトや設計コンペへの参加など、当時の僕が建築設計に真剣に取り組んでいたことは確かだ。ただ、この道に進むと、なんだか良からぬことが起きそうな予感はしていた。そんな僕に、設計そしてデザインのセンスがないことを誰よりも見抜き、傷つけない形で進むべき道を指南してくれたのが渡辺さんだった。
2020年、ある男が僕のオフィスを訪ねてきた。渡辺研究室の三年下の塚島健さんだ。塚島さんは日建設計で活躍し、2019年に独立された。そんな塚島さんが僕に話してくれたのは、瀬戸内・小豆島にある素麺工場をカフェ・レストランにコンバージョンする「SEASiON」というプロジェクトだ。コロナ禍を経て、これからの建築家の在り方を問い続け、塚島さんが至った答えは「建築家」と「事業家」の二刀流で生きることだった。学生時代から定期的に訪れていた小豆島の素麺工場の土地建物を買い取り、建築家として設計しながら事業家として経営する。2021年にオープンした後、昨年から施設2階部分にホテルを開業すべく準備がはじまった。僕も微力ながらプロジェクトに関わらせてもらう中で、こう思ったのだ。
「あぶねぇ、マジで設計を諦めて良かったわ」
塚島さんの手描きのスケッチをみた瞬間、素人でも一目で感じるユニークな空間構成。現場監督をはじめ職人さんとのセッションの中でアップデートされていくデザイン。事業家だからこそできる、デスクと現場を何度も行き来しながら進化していくデザインに僕は圧倒された。経験の積み重ねによる素養だけではなく、建築に携わる人材として資質の違いを見せつけられたのだ。と同時に、もし20年前に渡辺さんの一言がなかったら、このサスティナブルな時代に、ゴミのような建築を僕が生み出しかねなかったことを感じたのだった。
塚島さんのこれからの活躍をお祈りしつつ、改めて渡辺さんに感謝を申し上げたい。
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