no.169

フランス、子どもとデザイン
2024年7月  

坂田 菜穂子(2000年 陣内ゼミ修了) 


 子どもの想像力が大人の想像力をはるかに超えるということを実感したのは、20代の頃に所属していたリビングデザインセンターOZONEで2005〜2007年に担当した「親子で考える家の学校」でした。プロジェクト・プランナーの真壁智治さんから、彼が日本の建築家達と作り続けていた絵本「くうねるところにすむところ」シリーズを教科書として、本の内容をベースとした親子向けワークショップがしたいという話が始まりでした。学生の時に真壁さんのフロッタージュという都市の見方に感銘を受けた私にとって、彼との仕事はデザインを理解する方法、考え方を大きく変えるものとなりました。

 伊礼智さんとは沖縄の風土と共に過ごす家の心地よさと体感温度の関係を、阿部勤さんとは自邸「中心のある家」へ2回訪問し、居心地のよい住まいは暮らしながら作るということ、片山和俊さんとは山形県金山町へ杉を一緒に見に行き、森林組合と行政の方と山と暮らしについて伺い、金山杉を新宿まで持ってきて原寸の大工仕事から住まいを学びました。妹島和世さんとは段ボールでつながる家をつくり、伊東豊雄さんとはスタイロフォームで原寸大の建築模型をつくりました。

 当時は子ども向けのデザインを学ぶワークショップはあまりなく、教える側も学ぶ側もまだ手探りの状況でした。建築家が子どもに何かを教えるという機会もほどんどなく、断わる建築家もいました。戸惑いがあったのだと思います。それでも、真壁さんの豊かな発想とアイデアが手引きとなり、建築家から斬新なアイデアが生まれ、毎回面白いワークショップになりました。たくさんの小学生とその家族と共に家について考え、手を動かして建築を作り上げる作業は、私たちの想像をはるかに超え、主催者側の私たちにとっても大きな経験になりました。

 その後渡仏し、子どもとデザインに関わる仕事にも興味があったので、パリの建築遺産博物館の子ども向けワークショップのアシスタントもしました。建築の博物館ですが、遺跡も数多く展示しているので、子どもでも理解しやすく、学校がお休みの水曜日と週末は子ども向けのワークショップをいつでもやっていました。近隣に住む子ども達が多く、毎回多くの子ども達がきていました。親だけでなく、祖父母やベビーシッターが子どもを連れてくることも多く、ワークショップの間、大人は自由な時間を過ごせるというのも、参加させる理由の一つだと知って驚きました。

 フランスは出生率が高く、子育て世帯への国の支援がしっかりしていて、子どもが産みやすく育てやすい環境です。一人っ子は少なく、二人、三人兄弟が一般的です。友人や夫兄弟の住むイギリス、ドイツ、ポルトガル、ベルギー、イタリアなどの子育て事情を聞いても、フランスは金銭的な国の支援、学校の就業時間、ベビーシッターなどの普及率を見ても、近隣の国よりはるかに優遇され、親が働きやすい環境になっています。

 現在3歳違いの二人の子どもの母親になり、時間があると子どもが楽しめるワークショップやイベントに参加しています。

 例えば、多くのパリの美術館では子ども向けのワークショップが開催されています。値段が手ごろなものが多く、対象年齢毎にいくつか用意されているので、とても人気があります。フランスの幼稚園や小学校では、課外授業で美術館へ行くことが多く、訪問時にワークショップにもクラスで参加する場合が多いです。子ども達は鑑賞するだけでなく、体験することができるので、美術館へ行くことに慣れているかもしれません。また美術館も子ども達の訪問に慣れていて、ワークショップだけでなく、子どもや親子向けのガイドツアー、さらに美術館で子どもの誕生日会を提案する美術館さえもあります。

 たとえワークショップに参加できなくても、展示を見て回るための子ども用リーフレットが用意されているところが多く、子どもも大人と一緒に美術館を楽しむ工夫がされています。
例えば、先日カルティエ現代美術財団で開催されたビジョイ・ジェイン/スタジオムンバイの「Le souffle de l’architecte」展へ子ども達と行くと、手書きのデッサン付きの子ども向けのリーフレットがありました。屋根や柱に使われた石の動物モチーフに魅了された彼らは、リーフレットに加筆するようにデッサンを始めました。地べたに座ったり、よく観察するために寝そべって描いたり。そんな風にデッサンしていても、学芸員も鑑賞している人も誰も注意しません。彼らは子どもの展示への興味をそのままそっと見守っているのです。子どもの素朴な疑問へも、学芸員の方は丁寧に答えてくれました。

 そのほかにも、Bourse de Commerceやシャネルのギャラリーle19Mでも、同じようなものがありました。丁寧に説明がなされていて、わかりやすく、大人が見ても楽しめるものです。これがあるだけで、美術館にいる時間の濃度がぐっと変わるので、美術館へ着くとまずこういったものがあるか探します。美術館だけでなく、例えば地方の観光局で散策のためのクイズ形式のガイドをよく見かけます。また最近では、百貨店や本屋、劇場でも子ども向けのイベントが開催されています。

 子育て世帯が多いフランスだからこそ、彼らを満足させる仕掛けがいろんなところでされているのです。彼らをターゲットにしたイベントやリーフレットは、重要な集客ツールなのです。子ども達が満足しなければ、再び訪れたいと思うこともありませんから。

 フランスの個性を生かす育て方、個々が主張を尊重するという考え方は、子どもの頃から様々な形でしっかり教育されているのです。フランスにいらっしゃる際には、こういったものを見てみるのも面白いと思います。




 

スタジオ・ムンバイ展
表情豊かな石像はさまざまな角度から眺めたくなる
子ども向けのリーフレットは、手書きのデッサンでわかりやすく説明されている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
[プロフィール]    
     
坂田 菜穂子  2000年修了 陣内ゼミ

   
リビングデザインセンターOZONEにて、デザイン・建築を中心とした展覧会・セミナー・シンポジウム、建築家との子ども向けの建築ワークショップの企画・運営に携わり、その後渡仏。パリ近郊在住。子育てをしながら、フリーランスでファッションや建築、デザインの現地通訳、コーディネート、海外営業、デザインリサーチなどを行う。

同研究室出身の細谷正人さんがオフィシャル・コラムニストを務めるPen Onlineのコラムの現地コーディネートを担当。フランスを中心としたヨーロッパのデザイン戦略について細谷さんと共に取材、執筆を行う。

最新の記事は、欧州におけるキノコの菌糸体を使った建材について。
https://www.pen-online.jp/article/015506.html